武田信玄公は人を試みるのに

2015年07月09日 15:52

335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/08(水) 19:20:19.21 ID:nMspfqpB
武田信玄公は人を試みるのに、まず甲州の中での河川改修、普請、その他鷹狩などにおいて、
在郷の山に、竹木大小の有るのをよく覚えられていて、それを知られないよう、人々に尋ねられた。
そして人々の中から詳しく見憶えていて申し上げる者には

「その場所を度々見たのか?それとも私の供をした時だけで見憶えたのか?」

そう重ねて尋ねた。そのような事が幾度も重なった上でも詳しく説明の出来る人物を、信玄公は
他国への検使に遣わし、国境の模様などを観察させた。

或いは、信玄公はくどく物をお尋ねに成り、その人の心を汲み取ろうとするのが常の儀であった。
その様子は、例えば御前衆の親に患いなどあれば、その者に煩いの様子を詳しく尋ね、その者が親に
孝不孝のどういう感情を持っているかを知ろうとされたが、人々はそれを知らないので、
「信玄公の癖で一つのことを何度もお尋ねになる」と話したりしていたが、それは僻事である。
我らも、よくよく思案、工夫して信玄公の儀に至るべきなのだ。

古人に曰く、『金は火を以って試し、人は言葉を以って試す』というではないか

信玄公はこのように試みて、又その上側近くに置いた近習の内、無二無三に御屋形様の御用に立つだろうと
思われる若者を6人選び出し、彼らの発言を聞こうと考えられ、彼らから、諸人、または他国より来た新参衆の
手柄の虚実について聞き、

「或いは、手柄が在っても嘘を常に申す者か、朋輩で良く近づくものに頼もしさの無い者か、
大身衆にばかり慇懃で、諸朋輩に慮外な人間か、酒を過ごして酔狂をするひとか、総じて諸人に
腹を立てぬようにする人か、武具には万事嗜みのない人か、分限にて諸道具をよく嗜んでも、
弓矢に心を入れない武道への心がけのない人か、一切の善悪を言え」

と仰せに成った

この6人は、曽根孫次郎、金丸平八郎、三枝勘解由左衛門、真田源五郎、三枝新十郎、曽根与一の助の
事である。この内、金丸平八郎は土屋右衛門と、真田源五郎は武藤喜兵衛と呼ばれていたが、これは
勝頼公の時代、長篠合戦において彼らの兄が討ち死にしたため、その後を継いで名が変わったのである。
真田は、この頃は真田安房守と申している。曽根孫次郎は内匠と称している。
三枝勘解由左衛門は長篠で討ち死にした。

彼らはいずれも、弓矢鍛錬は覚えの武士にも劣らぬ人々であるが、それは信玄公のおそば近くで召し使われ、
よろずその御発言を承り、覚えた故である。
(甲陽軍鑑)




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    信玄「あぁ、もう一つだけ良いですか、いや、実はウチのカミさんが、、、」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    金は石を以て試す
    かつて悪徳商人が、金をこすりつけただけの石を金と偽って売りつけ財を成した
    しかしあるときバレてひどい目にあったため、それ以降は売る相手の反応を伺ってからにしたといわれる
    これが試金石の由来である(民明書房刊「商取引にみる古代錬金術と詐欺」)

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