とは言っても、謙信もまだ30に足りない若者であるから

2015年07月10日 13:27

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/09(木) 19:34:11.71 ID:rRcJJjxo
武田信玄公が他国の大将に対して語られる時は、よろずその作法を聞かれた。それは実際にその大将と戦った時、
この方の勝利をどう得るかという工夫をもっぱらに考えられた故である。

永禄元年の春、上杉謙信は、信濃の犀川が雪解け水で増水しているにもかかわらず、無理に馬で乗り込んだため、
彼に従う兵士を多く殺した。しかもその中には良き侍、覚えの武士もあったというのに、河で死んだのだ。
謙信自身も馬を乗り放ち、流れてきた大木にしがみついてようやく岸に上がったという。
信玄公はこの話を聞いて

「謙信は弓矢においては無類の侍だが、分別が無い。何事も至れば臆病という言葉があるが、それも道理である。
どういう事かと言えば、増水した河に乗り込むの程なら、そこで死ぬ事こそ尤もである。
馬を乗り放してようやく河から上がるほどなら、増水した河の前で待って、水量が落ちた時に渡って
然るべきものなのだ。

ただし、謙信はたけき武士であるから、自分の家臣に対しても、何の道であってもたけく見られたいとの
意識もあるのだろう。それとても、いらぬ自意識は国を持つ者にとって非義である。

とは言っても、謙信もまだ30に足りない若者であるから、ああなのだろう。」

そのように仰った。

(甲陽軍鑑)



50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/09(木) 22:53:16.45 ID:5fvJZDBF
>>49
>上杉謙信は、信濃の犀川が雪解け水で増水しているにもかかわらず、
>無理に馬で乗り込んだため、彼に従う兵士を多く殺した。

この時の経験が手取川で活かされるのは後の話である

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/09(木) 22:59:42.19 ID:rCYb6xZt
>>50
生き残ってそれを次に生かせたから名将の誉れもあるが、この時水死していたらバカ殿スレの有名人だったかもね

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/10(金) 00:08:42.19 ID:xrBTqrdP
船が転覆して溺死した人ならいたね

53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/10(金) 12:45:20.92 ID:2+x9+M/t
赤座「ちょっと川の様子見てくるわ」

54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/10(金) 12:55:10.44 ID:lsuNbcP2
長尾政景「解せぬ」

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>52
    平宗盛「船が転覆したくらいで死ぬとかワロスw」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    小田氏治「ちょっと川の様子を見てくる」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >>52
    西のアッーの人の養子とかな…

    あれは…嫌な事件だったね…

  4. 人間七七四年 | URL | -

    一方、長宗我部元親はうどんを茹でた。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    鮭さま「お前ら、わしに続け。ヒャッハー」
    氏家「誰か、殿を止めろ。」
    若き頃、武者修行して、軍神と戦おうとした鮭さま。本能的に何かを感じ取ったに違いない

  6. 人間七七四年 | URL | -

    蒲生工場長「せやな」
    市松「せやせや」

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