秀吉という人の天性才覚の巧みなること

2015年07月13日 15:24

393 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 19:12:58.46 ID:sv7UXEw/
小田原の役において、3月30日、山中城が陥落すると、北条の本営である小田原城内は大いに驚き騒いだ。

翌4月1日、豊臣秀吉の20万の軍勢は、箱根の山を平押に押し上がった。
山に道のないところは、秀吉の下知により、大石を修羅に乗せて幾所にも引き通らせたため、
士卒はその後を心やすく通った。北条家がさしも頼みにした剣難の地を、たちまちに難なく越えて行ったのである。
まことに快き事であった。

秀吉という人の天性才覚の巧みなること、皆このたぐいであった。

(黒田家譜)




394 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 21:48:28.54 ID:DLMe9nFN
ロードローラーだッ

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 22:50:21.68 ID:/sbBkIfo
でも小田原城内には、全然侵入出来なかったのは内緒だぜ

396 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 22:51:01.00 ID:pXJoCb2M
あれは修羅って言うのか

397 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 23:30:09.19 ID:Ja7QA00a
工場長「ワシに任せろ!」

398 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 23:36:40.69 ID:Um0ZYnOL
蒲生と兵部が
小田原目指して
修羅しゅしゅしゅー♪

399 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/12(日) 23:50:10.42 ID:QLHbjjy/
一柳直末「俺も小田原城みたかった…」

400 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/13(月) 00:18:41.57 ID:HY+GyM7o
出典の『黒田家譜』には官兵衛ヨイショという先入観がござったが、
発案者は官兵衛ではなく秀吉というのが、
また誠にいい話にござる。
「工場長」はどちら様にござるか?

401 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/13(月) 15:42:46.21 ID:T5YBCeN3
≫400
ここでは蒲生氏郷のことだな
由来は人材再生工場と言われる(このスレでは)ほど他家では役立たずと思われた人材を活用し
またポイポイ蒲生姓を家臣に下賜した結果
量産型蒲生と(このスレでは)言われるほど蒲生姓の武将を生産したため

ここで名前が出るのはジャンプ漫画の男塾を思わせる
京都で石曳きしながらの直進行軍を強行した逸話が在るから
詳しくはまとめブログの蒲生氏郷の項目参照

409 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/07/17(金) 00:43:17.83 ID:07EA/uqe
>>401
ご教示かたじけのうござる。
蒲生再生工場、言い得て妙にござる。
404-405の流れも感服仕った。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    修羅はコロで転がす橇だから
    まさに車輪の小さいロードローラーやね

  2. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    工場長に任せるとたまにブチ切れて味方の方に大石を放り込みそうだからなぁ…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    政宗「誰だ、ウチの陣地に大石放り込んだのは!!!」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    小田原城に入らなくても、
    小田原城を落としたのだから、
    秘密も何も「秀吉凄い」とか思わないな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    北条方は大石氏照が修羅になることで対抗すればよい。

  6. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    修羅とはこんなの
    ttp://www.city.fujiidera.osaka.jp/shisetsuannai/kyoikubunka/1387002133055.html
    じゃなかった、こんな奴です
    ttp://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g1023535-d1407149-i58464973-Shura-Fujiidera_Osaka_Prefecture_Kinki.html

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6の画像、もしや修羅は誤植でマラなのでは的なインプレッション

  8. 人間七七四年 | URL | -

    凄いだろ。
    凄くないわけがない

  9. 人間七七四年 | URL | -

    その後も天下の険って言われているのは誰かがロードを壊したんですかね

  10. 人間七七四年 | URL | -

    なんでもないようなことが幸せだった
    と思う♪

  11. 人間七七四年 | URL | -

    孝高「力攻めは下策」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    信玄・謙信両雄が囲っても落ちなかった小田原城。
    それを降伏とは云え落城せしめたのだから、十分過ぎるほど
    凄い事だと思うのだけど?

    この頃の豊臣武将達は数多くの城や砦の築城で建築土木技術が高くなってるから、
    関東の田舎武将達では思い描けない様な事でも可能だからね。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    信玄謙信は遠征で小田原まで来たけど、
    秀吉の場合はもう石垣山城から後ろはほぼ全部自領だからなあw

  14. 人間七七四年 | URL | -

    小田原城といっても秀吉が攻めた時は他の二人の時より巨大化してたからなぁ

  15. 人間七七四年 | URL | -

    実際に小田原の太閤一夜城址(石垣山城)へ行って小田原城を見ると、
    やや眼下に見下ろす形になり(城と自軍の様子も見えるので)、
    文字通り上から目線でラスボスが、
    本当にまーくんやみんなに自分の采配を誇りそうだな、
    そしてそれは彼的にかなりの壮観だなとしみじみ思った。

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