FC2ブログ

薩隅の戦国お菓子 ふっかん(後日談)

2015年08月08日 13:01

163 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/08/08(土) 00:07:11.41 ID:qaOkfToR
薩隅の戦国お菓子 ふっかん(後日談)

2ヶ月ほど前に、いい話スレに
薩隅の戦国お菓子 ふっかん
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9316-5f927eff

を書いたものですが、新しくわかったことがあるのでこちらに書かせていただきます。
7月末に「ふっかん」を買いに和菓子屋さんに行って来て、そこの奥さんに「鹿児島県民ですけど、
TVではじめて知りました」と言ったら「(最寄り駅の)駅周辺までいくともう知らない人ばかりですよ」
「前に市役所の人が文献がないかと、県立図書館にまで行って調べてくれたのですが見つからなかった
そうなんですよ」と・・・奥さんが、「ふっかん」がなぜ浜之市周辺だけで口伝えでしか知られていないか
教えてくれました。

昔は黒砂糖は大変貴重なものだったので、なかなか庶民の口には入らなかった。

富隈城が出来、義久が来る前に城の門番(か倉庫番)が黒砂糖を城の倉庫から盗んだ。

盗んだ黒砂糖でお菓子を作り家族や知り合いに振舞った(まだお菓子に名前はない)

義久が富隈城にきて、浜之市の港を発展させたので黒砂糖が手に入りやすくなる。

(どのような経緯でかわからないが)殿様にお菓子を献上することになった。

「殿様に献上出来るような名物がない…」「あのお菓子はどうかな?」

殿様に献上したところ大変喜ばれ、自分だけでなく多くの民にも食べてほしいと言われたことから
人々に福が訪れる”福の羹(かん)(羊羹(ようかん))“ で「ふっかん」と呼ばれるようになる。

こんな経緯なため、義久が「自分だけでなく多くの民にも食べてほしい」と言ったのに
浜之市にしか伝わらず、文献に遺すわけにもいかず、和菓子屋さんが40年ほど前に作るようになったときには
「富隈城に(島津)義久公がいらした時に献上されたお菓子で」
「皆に福が来るようにということで福+羹(かん)でふっかんです」
としかわからなくなっていて、前に市役所の人が(ふっかんを市報に載せる為に)きた時に文献がなくて
県立図書館まで行ってもみつからなかったので、ご主人が聞いている話を載せたそうです。
そのしばらく後(今から数年前)鹿児島大学の先生が「ふっかん」を調べに来て文献調べるけど見つからない
ので浜之市の人たちから聞き込みをして現在まで残っている口伝えを調べたそうです。
その結果を先生が和菓子屋さんに伝えて、今回自分がその話を聞くことが出来ました。
…なんか義久の気持ち(皆に福が来るようにということ)を思うと知りたくはなかったかも
けど、口伝えでしか残ってないし、前に「ふっかん」のこと書いたから書いておかないと…

「ふっかん」を食べた感想は外郎7割、羊羹3割な感触でさっぱりしていて黒糖の味がしっかり
でてました。原材料は小麦粉・黒糖・片栗粉のみで本日中にお召し上がりください
となってました。



164 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/08(土) 00:23:25.16 ID:vFyxtPXh
単に日持ちしないから普及しなかったような気がする

165 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/08/08(土) 23:55:11.71 ID:qaOkfToR
日持ちする薩隅の(戦国関係の)お菓子はあくまきぐらいなもんですよ。
ふっかんが本日中にお召し上がりくださいなのは、今は田植えのときのお茶菓子なので外に持っていくからでしょう。
義久に献上した頃もクーラーも冷蔵庫も無いのですから、夏の鹿児島の日差し&気温なかなかのものですよ。
日持ちよくする為工夫されたお菓子もありますが(戦国関係ないですが)

けせん団子・・・小豆(あずき)団子に「けせん(ニッキ)」という鹿児島や沖縄でとれるシナモンの木の葉をつけてつくられたお菓子で、
地元ではお茶菓子として、また贈答用として広く知られています。ほんのりとにけせんの香りが広がります。
けせんの木の葉に殺菌効果があることがわかり、団子に葉をつけたのがけせん団子の始まりといわれています。

かからん団子・・・棘のあるサルトリイバラの茎を触らないようにと言う「かからん(鹿児島弁で"触らない")」から葉を「かからん葉」と言い、
「かからん団子」となったと言われています。かからん葉には殺菌作用があるので、団子も傷みにくいそうです。もう一つ、「かからん」は
「病気にかからん(かからない)」という言葉にもかけられているようです。

スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    本スレの164さん俺のが言いたいこと言っててくれたわw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    普及しなかったのは、日持ちしないからだとしても
    全く文献に遺らなかったのはやっぱり口伝の通りなんでしょうね。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    田植えの時期~7月頃のお菓子だそうだし
    薩摩みたいな暑い所では益々その場で食べちゃわないとなー

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ただ外郎7割がキモなのでは?材料を見る限り小麦粉・黒糖・”片栗粉”とあるので、一般的なういろうより一部(薩摩が幕末に同盟する先)にある「プルプル感」のあるくず餅系ういろうなら、密封さえ出来れば水に入れて冷やすだけで意外に持つ。薩摩といえども水まで温いわけではないでしょう?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    現在出回っている国産の本くず粉の9割以上が大隅で取られているそうなので
    戦国時代からあれば出来ないことはないのでしょうけど。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    盗んだ砂糖で作ったって出自からあんまり大っぴらには伝承されなかったのかもw
    しかしえのころ飯ってのも本当に食われてたんだろうか?
    旅のよそ者に嫌がらせに作ったとしか思えないw

  7. 人間七七四年 | URL | -

    あー、日持ちの問題は如何ともしがたいよなぁ…なんて思ったり

    そして、ふっかん食べて喜んでる義久を想像したら少し和んだ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    6さん
    >盗んだ砂糖で作ったって出自からあんまり大っぴらには伝承されなかったのかも
    文章を読む限り、そのことで文献に遺さなかったようですね。
    貴重だからって城の倉庫から門番が盗むって・・・
    鬼武蔵(森家の方)がもしいたら・・・

  9. 人間七七四年 | URL | -

    8さん
    門番をなで斬りにして根こそぎ頂いていった結果、血なまぐさい伝承だけが残ることになったでしょう

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >>9
    ”鬼の羹(かん)(羊羹(ようかん))“ で「きっかん」と呼ばれるようになる。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※10殿
    鬼は外福は内

  12. 人間七七四年 | URL | XPh8VFiw

    原材料のうち、片栗粉は現在ほとんどが馬鈴薯デンプンだけど、戦国時代からあるデンプンを使おうとしたら、米粉・葛粉・ワラビ粉・本当のカタクリ粉あたりになる。葛・ワラビ・カタクリだと薬材でもあるから、馬鈴薯より滋味あふれて体にもよかったんじゃないのかな。本葛粉・本ワラビ粉・本片栗粉は相当なお値段だけど…

  13. 人間七七四年 | URL | -

    茗荷饅頭(茗荷の葉で餡入り白玉団子を包んだ熊本県南部の伝統菓子)を
    食べたくなる追記だ 
    香りの強い≒殺菌作用のある葉っぱで包むってのは生活の知恵なんだろうね

  14. 人間七七四年 | URL | -

    9さん、8です。
    >門番をなで斬りにして根こそぎ頂いていった結果、血なまぐさい伝承だけが残ることになったでしょう
    やっぱりそうなりますか・・・

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    今は生産コスト故に高級食材となっているが、
    材料はその辺に生えている雑草だし、
    (今は数少ないカタクリも昔はそんじょそこらに生えていた)
    当時は逆に「庶民が口にできるのはそれくらいしか無かった」だろうしねぇ。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    葛もワラビもほっとくと際限なく増える(葛は日本でもこの通りだが、東アジアでも昔から猛威振るってるし、アメリカでも近代に園芸用として導入したのが増えすぎて大変なことになって、侵略的外来生物に数えられている)から、根本的除草として根っこまで掘りとる&根っこからでんぷんを取って食べる、ってのは、手間かかるけどある程度合理的な食物採取法だよな。

  17. 人間七七四年 | URL | JalddpaA

    サラッと義久さんの人柄が見て取れてほっこり

  18. 人間七七四年 | URL | -

    戦国時代とそっくりそのまま料理やお菓子を再現するのは結構難しそうですね。
    権現様の鯛の天ぷらも、まとめのコメントで「スパイスたっぷりのケンタッキー鯛バージョン」
    と書かれている人もいれば「さつま揚げみたいにすり身にして揚げた物」と言う人もいるし・・・
    『おきく物語』に出ていた蕎麦粉の焼き菓子も自分が見た本では「そば粉を水で溶き薄く焼き
    味噌を塗ってくるくる丸めたもの(沖縄のぽーぽーみたいに)」と「そば粉に味噌を混ぜて
    こね、具なしお焼きようにして焼く」の2種類書いているからもうわけわからない。
    材料も400年以上経つとそろえられるものがちがうでしょうし。
    (加勢以多(かせいた)も元々はマルメロ羹だったけど、現在はマルメロではなくカリンの
    ジャムを使用しているそうですし)

  19. 人間七七四年 | URL | -

    投稿者です。
    書き忘れていたのですが、城の門番(か倉庫番)が黒砂糖を城の倉庫から盗んだのは1度だけ
    らしいと伝わっているそうです。
    (殿様にお菓子を献上することになった頃には買った黒砂糖で作っていたようです)
    殿様の献上品でしたが、今は田植えのときのお茶菓子なので他の鹿児島の郷土菓子より
    値段は控えめでしたね。(五個セットと十個セットで売っていて五個入りはレシート貰い忘れた
    のではっきり覚えてないけど三百数十円でした)
    奥さんに「テレビに出ていたのでたくさん売れたのでは?」と聞いたら
    「単価が安いので売れてもあまり・・・」と言われてました。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9419-703a347e
この記事へのトラックバック