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軍の道を存じた私を遣わされれば、

2015年08月08日 13:03

507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/07(金) 20:33:07.77 ID:vtwNp2Jb
黒田如水は、石田三成の讒言により太閤秀吉の御前より疎くなった。
ただ折々に、連中に出仕はしても、久しく対面を許されることがなかった。

ある時、秀吉が諸大老と朝鮮での戦略を評議しているのを、如水は壁越しに聞いて、秀吉の耳に入るよう
大声で語りだした

「去年、大軍を朝鮮に遣わした時、徳川家康か前田利家のどちらか一人を総大将として遣わされ、
万事一人の下知より出していたなら、軍法はよく行われ滞りは無かったでしょう。
もしまたこの両将の使わされる事が出来ないのなら、軍の道を存じた私を遣わされれば、
軍法定まって上手く行ったでしょう!

その上で和を以って人を懐かせ、朝鮮人が安堵して日本人に帰服すれば大明を征伐することも
安かるべし!

しかし、加藤清正、小西行長らは若き大将ですから、血気の勇のみにて軍の道を知らず、
その上両人は仲悪しく、清正の仕置を行長は破り、行長の法令を清正用いず、仕置一様ではありません。
それ故に、朝鮮の人民は日本の下知法度を信用せず、頼みなく思って、山林に逃げ隠れて
安堵することがありません。

日本より朝鮮への路遠く、兵糧武具等、日本より持続的に輸送するのは難しいことです。
朝鮮の民を懐け、耕作を元の通りにさせ、兵糧を敵であった彼らから徴収する事こそ然るべきなのに、
仕置き悪しく、日本人が通った朝鮮の三道は、人民散逸し、荒れ野となって五穀なく、
このように朝鮮は将に亡国となってしまいましたから、大明に入るべき基礎ができていません。

朝鮮の人民散逸し、日本からの運送もまた、持続がなり難いのですから、今後、味方の大軍は
兵糧が尽き、異国の在陣は不自由でありますから、士卒の苦労は耐え難いほどになり、
殿下が思し召された大功は、絶対に成就することは出来ません!」

そう高らかに言うと、これを壁越しに聞いた秀吉も、たしかにそのとおりだと思い
「来年、異国を討つときは私自ら朝鮮に入るか、そうでなければ私は上洛し、秀次を名代として
朝鮮に遣わすであろう。」
と語ったという。

(黒田家譜)



508 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/07(金) 20:45:15.46 ID:q0lUqLcp
何も理解してない秀吉w

509 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/07(金) 21:04:35.47 ID:08oRjCCl
子飼いは温存しておいて
油断ならない徳川、伊達を朝鮮で消耗させれば一石二鳥なのに
逆だからな

510 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/08(土) 08:25:33.61 ID:nIQNXiUD
むしろ失敗したという歴史を知ってて、あとから好き勝手に書いてるのが黒田家譜
秀吉自身は当初から渡海する気満々だったし

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/08(土) 19:28:50.41 ID:xYPPspqx
うーん黒田家譜がソースかぁ。

512 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/08(土) 19:40:15.56 ID:vFyxtPXh
ラスボスの計算では前哨戦で子飼いを使い、
明との本戦で東国の大名を投入する予定だったのに
前哨戦で躓いたのかね

513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/09(日) 11:34:32.58 ID:WlkuYOw/
子飼い関係無く西国大名が先鋒なだけだろ
子飼いの多い近畿東海道軍は秀吉親征のために温存したままだ。

514 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/09(日) 13:21:44.49 ID:6YzWbgGD
戦場に近い大名が先陣するのが豊臣政権のセオリーだもんな

515 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/09(日) 16:24:11.68 ID:DBc4ZSEo
>>514
となると徳川家の転封先を九州にしておけばよかったのか

516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/09(日) 16:50:13.85 ID:WlkuYOw/
小田原征伐の時に関東を与えることによって徳川を当事者にして他大名より大兵力の提出させ
軍事力的空白地となった徳川領の防衛治安維持の名目で豊臣の兵を入れて
全ての主要城を一時的にしろ明け渡せたことによって徳川の完全服従を内外に示したという
プロセスが無くなるという事は、徳川は独立性を保ったままより厄介な勢力になる訳で、下策やね

517 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/08/09(日) 18:46:38.12 ID:6YzWbgGD
>>515
旧北条領並の石高となると九州全域になるから、小田原征伐の時点だと
九州の大名、国衆を転封させる手間がかかりすぎじゃないかな

そもそも関東に徳川クラスの大勢力がいないと奥州仕置のあとの一連の
一揆がとめどなく広がって大変なことになってた可能性も…

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | 6m5BDBwc

    人が少なく不衛生で水田すらないのにどうしろと

  2. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    確かに朝鮮征伐の失敗の要因の一つは総司令官がいなかったことだわ。
    特に後半、どっかの城が危うくなったら救援に向かうか揉めた挙げ句に
    行くと言った奴だけで救援におもむいてるイメージだし。
    軍政をしっかりしかなかったのも失策だけどね。

    ※1
    蕎麦とか救荒作物を使えばどうにかなったとは思うよ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    戦国時代に限らず軍隊に入ると白いメシが喰えるというのが戦後直ぐまでの最大の売り
    どんなに旨くとも蕎麦芋の給食だと兵の不満がドでかいだろうなぁ

    黒田家は豊臣家の序列だと親族衆(秀次等)・大身外様(前田等)・近親大名(福島等)の次に来るぐらい。こんな身分が指揮をとるとか言うのは誇大妄想も甚だしい。間違っても官兵衛が言ったとは思えないし、貝原益軒の筆も色んな意味で凄いとしか言えないよなw。現代文で気軽に読める書籍が有るなら一度全文読んでみたい。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    軍隊が弱かったからといって、朝鮮の国力を過小評価してはいけない。

    日本全体で2,200万人の時代に朝鮮半島には500万人が住んでいた。
    500万人が生きていけるだけのカロリーを自給していたと考えると、
    米換算で500万石に迫るだけの生産力があったわけだ。
    両班による激しい収奪を考えれば、もっと余剰があったかもしれない。

    愚見だが、緒戦で小西が高速進軍できたのは、現地調達の見通しが明るく
    補給を待つ必要がなかったからでもあると思う。

    従って「朝鮮の民を懐け、耕作を元の通りにさせ、兵糧を敵であった彼らから徴収する」
    なんてことは小西も加藤も当然意図してたんじゃないかなあ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    ※3が言ってるが、基本戦場は白米なんだよ。まして異国での長陣となれば食糧事情はよりシビアにある。
    確かにカロリー換算であれば朝鮮半島に兵隊を賄える食糧はあるかもしれないが、これが白米となると厳しい。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※3※5
    なるほど、福利厚生の意味合いもあるわけね。

    水田がなかっただけで陸稲はあったわけだし、初めのうちは白米も調達できたと思う。
    ただ陸稲は連作障害があるから、間に麦や豆を挟んだと仮定すると、
    水田フル回転の日本より「米の」収量はかなり落ちてしまう。

    他になければ雑穀も食わんことはないとは思うが、士気についてはね…。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    馬糧の事を考えれば、豆がある方がポイント高いよ。
    あと朝鮮で麦の生産量は微量ですな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    日本よりも寒冷だから当時の作物は何だったんだろう?
    蕎麦、大麦、高粱と大豆に陸稲?

  9. 人間七七四年 | URL | -

    この時代、日本では、コメといっても、白米ばっかではなく、赤米、黒米も結構あった。

    江戸時代でさえ、生産していた米の品種は、1738年の加賀藩の資料(郡方産物帳)によると、大体、半分が白米、ほかに、2割が赤、2割が薄赤、1割が黒ないし薄黒という感じ。
    あと、上の資料によると、米の味が色によって優等劣等が区別されたわけではなく、白い米の品種52種のうち18がよい、18が中位、16が悪いということだそうで、白米だから旨いわけではない。

    また、江戸時代になっても、年貢米については、白米をおさめろという話だったわけではなく(そういった法令がない。欠けた米をだすなとかいうのはある)、ブレンド米だったみたいである。

    白米ばかりになったのは、鳥虫害、風水害、干ばつ、日照不足、寒冷など天候不順を克服する灌漑、治水、農薬、品種改良によって、味の旨い白米が大量生産できるようになったからだと思われる。

    それができない時代は、いろんな品種を生産してみて、毎年変わる天候などで全滅しないように(品種によって、生産量、味、風水害に強いとか、鳥虫害に強いとかいうのが違う)米をつくっていたので、食い物としては、白米に限定できんのじゃないかね。
    あと、戦場では、兵糧の調達は、刈田狼藉とか略奪でやってたわけで、日本国内でも、敵地が何つくってるかによったわけで、いつでもコメの飯が食えたとも限らんのではないかね。とくに寒冷地や山間部。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >刈田狼藉とか略奪
    日本国内ではそれに加えて買い付けもあったと思われるが、
    貨幣経済が未成熟な当時の朝鮮では難しいかな。

    ただ初期には現地の住民が自発的に献納してきた例もあるし、
    統治者として合法的に徴発する形式はありえたと思う。

    どっちにしても、「兵糧として何を食えるか」は、
    「行った先にどんなものがあるか」に大きく左右されることには変わりない。
    第二次大戦当時のアメリカでさえ鹵獲食糧を食っているわけだしね。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    咸鏡道に居た加藤清正の書状によると
    そのあたりで取れる作物は粟とか稗がメインだった模様。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    あわわ、米が全く取れない!ひえー!

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    粟とか稗って蝦夷地といい勝負じゃないか。
    アイヌみたいに海産物とか狩猟が主力だったのかな。

    まあ北のはずれの流刑地だし、南部はもうちょいマシなはず…

  14. 人間七七四年 | URL | -

    (´・ω・`)「米が取られなければ、鮭を取ればいいんよ。」
    志村「鮭が取れない地域は、どうすればいいんですか」
    (`・ω・´)「軍神みたいに略奪すれば、いいんよ」
    志村「黒田官兵衛さんが刀を抜いて、こちらに向かってますから、急いで帰りましょうね」

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    南部も寒いし岩山だらけであまり耕作地無かったと思う
    平壌の西辺りが広大な平原で一大耕作地
    だから北朝鮮の方が建国時は豊かで栄えてた

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    仙台藩「南部も寒いし岩山だらけであまり耕作地無かったと思う」
    盛岡藩「北上川止めんぞ伊達カス」

  17. 人間七七四年 | URL | -

    こいつはいつも自己評価が過剰すぎる。

  18. 人間七七四年 | URL | -

    「後付けで当主が言ったことにしてる可能性はあるな。」
    そもそも失敗云々も分かれる所だしな。
    信用されてないのは向こうだろ。守るどころか焼き討ちにあうくらいだからなw
    国力も最低だろ。あちこちで不正だらけで田畑もろくにない。過小評価なんざ誰もしてない。仮にあろうと生かせてないんじゃ意味がない

  19. 人間七七四年 | URL | -

    >朝鮮の国力云々
    耳塚の件でも出ていたので木になっていたのですが、何と言うか、木を見て森を見ずの
    典型的な物の見方だよね。戦費の事も人の事も全く見ないで国力~言っても全く説得力
    ないですし。

    土地にその力があるかどうかの問題じゃないと思う。当時の朝鮮国内事情自体が混乱
    と言ってよい状況だし、だからこそ日本軍に協力する人達もある程度出た訳ですし。

    それに本当に朝鮮国内で賄える力があっても、それを自分達の力に変える過程が複雑だし、
    直ぐに直結出来る訳でもない。何よりも異国の地である事を忘れてはいけませんしね。
    異国の地を切り取っていかなければならない状況である日本国内事情が不味い状況。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    ごめん。米18さんと米19さんの言っていることがよくわからない。

    「朝鮮の国力(に相当するもの)は低い」という主張で誰かを批判しているようだけど、
    その批判対象って具体的には誰なの。

    それと、朝鮮の国力が低いからいったいどうしたの。
    もしも占領統治の実現可能性との関連で言っているのなら、

    国力が高い→多くの軍馬を養うことができるから占領統治をしやすい
    国力が低い→現地が抵抗しても大した力がないから大軍を置く必要がなくて占領統治をしやすい

    どっちもいえると思うんだよ。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    家康を総大将にして明到達の暁には朝鮮総督にしちゃえばよかったのに(暴論)

  22. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵「軍の道を極めた俺を遣わしたら、撫で切りするぜ。」
    三才「文武の道を存じた私を遣わしたら」
    悪久「女と軍の道を存じた私を遣わしたら」
    ( ●▽ ̄)「軍の道を存じた私を遣わしたら」

    軍神「軍の道を極めたわしを遣わしたら」

    この5人が言っても、しっくりくるのは、なんでだろう

    (´・ω・`)「軍と鮭の道を存じたわしを遣わしたら」

  23. 人間七七四年 | URL | -

    ※19
    何か言いたいのはわかるが、何を言っているのかわからない。
    三段論法でもう一度説明してくれないか。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    ※22
    地獄から来る気かw>鬼武蔵
    あんたは遣わされてるだろw>三才様
    あんたもだ、あんたもw>悪久
    言うだけならタダだなw>マー

    すみません、マジ勘弁して下さい>軍神

    帰りますよ>殿

  25. 人間七七四年 | URL | -

    天庵「軍の道を存じたわしを遣わしたら、朝鮮軍なんて、チョイのチョイじゃ」
    菅沼「はぁ~胃が痛い。誰か殿を、馬小屋にでも閉じ込めておけ。」

  26. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    そういえば北条に人質に出されていた天庵さまの長男は渡海したんだっけかな

  27. 人間七七四年 | URL | -

    ※25
    菅谷さんを書き間違えるとか言語道断だ

  28. 人間七七四年 | URL | -

    中国の古典でもよく粟を食べてるみたいだし
    日本の米至上主義と違って中国・朝鮮では粟も米と同等と考えてたんじゃないの?
    それで李朝は粟ばかりで500万の人口を養っていたとか
    そこへ日本軍が来て
    こんな劣った食べ物しかつくってないのかとがっかりして士気が落ちただけで

  29. 人間七七四年 | URL | -

    ※27さん。菅谷さんでしたね。すみません。
    反省の意味を込めて、鮭様の鉄棒で肩を叩かれてきます~(*^3^)/~☆

  30. 人間七七四年 | URL | wZ.hFnaU

    ※28
    というか、そもそも古代中国で「米」は粟を指す言葉だったらしい。
    「石高」も粟の生産高を指していた。唐の時代くらいまで、中国の特に北方では
    粟が主食だった模様。

  31. 人間七七四年 | URL | -

    ※30
    寒冷地に強い穀物は貴重だから、粟も長いこと現役で頑張ってたんだな。
    黍に至ってはコーリャンがバリバリの現役だし、五穀恐るべしだ。

    そしてこいつらを主食の座から一気に駆逐したジャガイモとトウモロコシの凄まじさよ。

  32. 人間七七四年 | URL | -

    翌日、そこにはすっかり肩を落とした※29の姿が!!

  33. 人間七七四年 | URL | -

    そういえば北朝鮮では、主食がトウモロコシの粉とニュースで見た事があります。小さい頃見た「はじめて物語」というアニメで、敗北した豊臣軍が置いていった唐辛子を野菜に混ぜて保存したのが「キムチ」の起源と見た事があります。曖昧な記憶なので、間違ってたらすみません。

  34. 人間七七四年 | URL | -

    (´・ω・`)「なんか期待して来たみたいだけど、わしは禅僧じゃないんよ。座禅組むなら、寺を紹介してあげるから、そこで肩を叩かれてなさい。」

  35. 人間七七四年 | URL | -

    ※33
    唐辛子はつま先用ホッカイロの代わりに使ってたそうな
    近年でもプロジェクトXであさま山荘事件の機動隊員達が
    ブーツのつま先部分に唐辛子入れてたという話が有った

  36. 人間七七四年 | URL | -

    ※33
    今でいう白キムチはそれまでもあったけど、※35が書いてるような経緯で
    唐辛子が持ち込まれたので、それ以降に現在の唐辛子を使用したキムチへと
    変化したらしい。

    なお韓国では日本経由の伝来説を否定する為にコロンブスの新大陸発見以前に
    朝鮮に唐辛子が伝来してたという珍論も唱えられている。

  37. 人間七七四年 | URL | -

    朝鮮から引き揚げて二年後に関ヶ原やって
    それからも天下普請だ何だとやってるから
    まだまだ余力ははあったと思うけど
    思った以上に手ごわい明軍と必死に戦っても
    恩賞としてもらえる領地が粟畑だから割に合わな過ぎてやめたんじゃないかな

  38. 人間七七四年 | URL | -

    ※29
    寝起きのせいで、粟(あわ)を栗(くり)と誤読してしまった
    ちょっと宗茂さんのところにいって、一緒に毬栗の刑受けてくる

  39. 人間七七四年 | URL | -

    「トウモロコシ」は南米産で伝播は早くてこの時代。
    ここで予想にでている「栗」などは推測。
    資料に基づかない。

  40. 人間七七四年 | URL | -

    中世ヨーロッパでのジャガイモの役割は大きかったが
    戦国の頃のアジアでそんなに重要な位置を占めてたっけ?

  41. 人間七七四年 | URL | -

    ※39
    「栗」ではなくて「粟」の間違いでは御座らぬか?

  42. 人間七七四年 | URL | -

    ※39※40
    誰もトウモロコシやジャガイモがこの時代に取れたなんて言ってないぞ。
    ちょっと落ち着いて読み返せ。

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