雑談・着用者の体格は

2015年09月22日 17:46

343 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/21(月) 17:05:32.11 ID:r09kmK/G
細川と黒田の話題に便乗して

シルバーウィークを利用して今日大関ヶ原展(福岡会場)を見に行ったら
同行者が「今は黒田の方が細川より繁栄してるのか…(博物館の規模的な意味で)」と
呟いて少し衝撃を受けた

展示物の写真は撮れなかったけど(入口で携帯電話は電源切るよう言われた)

福岡会場で展示されていた甲冑を見てると着用者の体格は自分の印象では

(大柄、ゴツイ)← 立花宗茂&加藤清正>榊原康政>細川忠興&德川秀忠&鍋島勝茂&脇坂安元>黒田長政>黒田如水→(小柄、細身)

のように感じた。
三斎様を含むグループはどれも大差ない感じだしこの辺が当時の標準だったのかな



344 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 10:26:28.50 ID:/zQoWvHJ
黒田は一応大河あったし

345 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 11:49:40.81 ID:APRTqMGV
>>343
東京展見に行った関東ものが通りますよ…
井伊直政>榊原康政>真田昌幸>本多忠勝&徳川家康>徳川秀忠>松平忠吉>酒井忠次&家次

宗茂は井伊よりちょっぴり細身なくらい。
家康のが意外とがっちりな印象だが、直政同様胴回りが立派だったのかも知れないw

346 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 15:11:08.68 ID:LEGpxSnM
直政どんだけガチムチやねん…

347 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 15:42:08.96 ID:1+/8TMIq
忠勝が昌幸より小さいとかショック

348 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 19:49:52.65 ID:veCJf+Gv
千利休(ガチムチ)

349 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 19:53:12.55 ID:Awfsq0xO
忠勝や家康は小柄だったがマッチョだったんじゃなかったっけ。柔道の野村のイメージ。

350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/22(火) 23:01:54.91 ID:QPkWSTqw
直政の具足は実際見るとでかいし胴回り立派だし手足長そうだしよく見ると細かいデザインが凝ってるしでイケメンムカつくってなったな(僻み)

351 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 00:03:17.91 ID:rGyKjL7E
戦国時代の甲冑で一番かっこいいのは日光東照宮に伝わる
権現様が関ヶ原で着用したと云われる南蛮具足

関ヶ原の時は有名な歯朶具足を着用してたんじゃないのか
という疑問は残るが、余裕の衣装直しだと理解

352 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 16:40:38.12 ID:yMXODiOl
直政が実際に関ヶ原で着用した具足を見たけどそれほど大柄な印象は無かったな
レプリカが大きいんじゃないか?

353 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 16:46:14.39 ID:yMXODiOl
あと榊原康政なんかもかなり実際の具足はかなり小柄の筈で>>345はどうしてだろうね

354 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 16:50:30.45 ID:LqYxB5NU
流石にレプリカも大きさ同じやろ…

355 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 17:38:58.24 ID:sEz9Ek+i
他が余程背が低くて小柄なんじゃね?
康政は知らんが実際に直政辺りは重装備で着込んでいたらしいし。
2人とも体自体はびっくりするほど大柄じゃないと思うよ。
じゃないと戦国の小さい馬で先頭きって駆けれないw

356 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 17:51:38.72 ID:Eoi5uxJ3
加藤清正「せやな」

357 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 18:06:10.26 ID:DDs3LO7U
まだこんなのいるのか

358 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/23(水) 18:35:59.97 ID:5bWHem25
具足が大きそうに見えても実際みんなそれほど大きくないのは確か
藤堂高虎だってそう
今の成人男性が付けたら小さいくらい

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    福岡会場の人(343)も東京会場の人(345)も
    榊原康政が標準より体格良さそうという意見は一致してるんだな

    徳川四天王で背比べすると 井伊>榊原>本多>酒井になるのか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    駄菓子菓子、康政のあのヨロイは
    若い頃着てたもの、と伝わってるので
    晩年はもっとデカくなっていたかも知れないw

  3. 人間七七四年 | URL | -

    個人的に武将の体格のを見る、凄く興味深い話だった。
    そう言えば、鎧兜は服装と違って伸び縮みしないのだから、太ったり痩せたりしたら
    体格に合わなくなると思うのだけど、今で言うダイエットとかしたりしたのかな?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >今は黒田の方が細川より繁栄してるのか…(博物館の規模的な意味で)
    344さんが言うように大河もあったし、福岡で開催されてますから。
    大関ヶ原展だからか、黒田さん家でも、官兵衛<長政押しでしたけど。

    「大関ヶ原展」記念イベント関ヶ原合戦おもてなし演舞&トークバトルでは
    熊本城おもてなし武将隊の黒田官兵衛さん、立花宗茂さん、島津義弘さんが出ていましたが
    官兵衛さんが最初から「長政の父親」と言われまくって、
    トークの最中に「関ヶ原は官兵衛殿じゃなく長政殿でしょ?」みたいなことを言われ
    官兵衛さん「長政を生んだのは私ですよー!」
    会場「(違うでしょ!)」
    義弘さん「テル殿でしょ!」
    と言ってましたね。
    あと、立花宗茂の甲冑から、「殿は(宗茂)とても体格がよくて・・・」と話が出たのですが、
    おもてなし武将隊の立花さんは細身でそんなに大きくないので
    「もうすぐ大きくなる!」と言って笑いを誘ってました。

    トークバトルの動画
    ttp://www.tachibana-museum.jp/topics/topics136.html

  5. 人間七七四年 | URL | -

    熊本城おもてなし武将隊で一番背が高いの小西行長役の人だしな…

  6. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    ※1
    酒井忠次、本多忠勝の残ってる甲冑は胴丸で榊原康政、井伊直政のは当世具足だから
    そこら辺で印象の違いが出ているのかも知れないとは思う。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    松平忠吉のは、フォルムもデザイン(白銀つくり)も
    貴公子っぽくて好みだった

  8. 人間七七四年 | URL | -

    京都でやってた時に見に行ったけど、榊原康政の鎧下が、自分の体格(161cm)に近かったのが驚きだった。
    もちろん、筋肉量なんかは康政の方がダンチだろうけど、身長なんかはやっぱりそんな変わらんな、と思ったよ。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    そら現代人に比べ昔のほうが平均身長低いからしょうがない
    (ただし藤堂とか秀頼君とかは除く)

  10. 人間七七四年 | URL | XPh8VFiw

    祭礼の手伝いで、古い甲冑を現代人に着けると、体格が合わなくてツンツルテンのパッツパツになりがちなんだよね。藤堂さんとか、貧乏だった頃に小さくて合わない甲冑を無理無理着てツンツルパツパツで傷が多かったのかも知れないね

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    痩せたら下地に着る物を重ね着するとか
    何か変形するもので体型を補正する(カトキヨが玄米の入った袋を腰に巻いてたみたいに)

    太ったら権現様とか伊藤七蔵さんみたいに「クロスアウッ!」すればいいんじゃない?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11殿
    伊藤さんは着忘れただけでしょ。
    (それでもどうにかなったのは凄いけど)

  13. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    合わなくなったら素肌攻めが一番ということか

    戦場とかで剥ぎ取られた鎧とかも中古屋に並ぶんかね?
    縁起悪そうな気もするけど

  14. 人間七七四年 | URL | -

    その時代的には普通だったと思えば
    現代での質流れ品と同じ扱いなんじゃない?
    現代で質流れ品は縁起悪いとして避ける人も居ると同時に
    お買い得と思って買う人も居るわけで

  15. 人間七七四年 | URL | -

    お金がない人は合わない甲冑は自分でカスタマイズするのかな?
    >古い甲冑を現代人に着けると、体格が合わなくてツンツルテンのパッツパツ
    立花さんは体格がいいから、前に福岡で戦国大名展があって甲冑の複製品を
    現代の男性モデルさんが着ていてましたがしっかり着こなせてましたから
    立花さん、加藤さん、榊原さんあたりなら現代人でも大丈夫かも。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    砲術家のIさん「カスタマイズせずとも、小さい鎧は下に、大きい鎧は上に着ればよいのでござる」

  17. ※15 | URL | -

    ※16殿
    それだと重くて三斎さんから逃げられないと思いますよ。

  18. ※10 ツンツルパツパツ | URL | XPh8VFiw

    今のお祭りだと、毎年違う人が甲冑を着るので、人によっては脇や背中の合わせがどうしても開いたり、草摺がフィギュアスケートのスカートみたいな短さで「何をガードするんだこの草摺は」と思わずぼやいたりします。胴が小さいから腹帯を締める位置がどうしても上になってしまって、本番前に体調不良に陥る例も。
    早くみんな自分にフィットしたMy甲冑持参でウキウキワクワク祭礼奉仕の時代にならんかな、ムリだな…。

  19. 人間七七四年 | URL | -

    ※10・18殿
    大変ですね・・・
    甲冑屋さんでレンタルすればと思ったけど、一番安い足軽用で1日レンタル料:¥15,000(税込)
    伊達政宗・織田信長・直江兼続・本田忠勝・徳川家康・山内一豊・武田信玄・上杉謙信
    豊臣秀吉(※要相談)・福島正則・加藤清正・立花宗茂・赤糸威本大札大鎧(前に島津義弘の
    写しと紹介されていました)が各¥105,000(税込)と書いていました・・・
    (これは結婚式用のレンタルで、映画や歴史イベント、舞台等の衣装で使用する時は
    用相談のようです。軽量かつ簡易着付け可能鎧 伊達政宗・直江兼続・真田幸村・武田信玄・
    織田信長が一律各¥85,000)
    一般の人がお祭りで借りるにはきついなあ。

    甲冑工房 丸武産業
    ttp://yoroi.xsrv.jp/rental/

    それか、たとえば妙円寺詣りの子供たちみたいにダンボールや麦わら帽子で手作りするか・・・


  20. 人間七七四年 | URL | -

    ※19です
    すみません。スクロールしてみたら、下の方に時代祭・イベント・撮影用レンタル甲冑のご案内
    もありました。
    結婚式用よりは安いです。

  21. 鎌倉幕府 | URL | -

    笹間良彦先生の武器・甲冑辞典に妙に丈の短い鉄腹巻が出てるんだけど・・・。子供用にしては付属の兜・籠手は大人サイズ。
    腹巻は後ろ開きだから着用に際しては胴丸に比べて融通が効くけど、これはいったいなんなんだろうか?
    整理中に間違って付けられた可能性もあるけど、皆さんはどう考えます?

  22. 人間七七四年 | URL | nEx7PFYA

    ※12
    書籍が手元にないので想像だけど、幾つか理由考えてみた。

     1:12殿の言う通り、現代での整理中に間違って付けられた
     2:中古鎧のパーツを寄せ集めて一揃いの物とした
     3:実際に「そう言う体格の人」が着用していた

    無銘鎧だと、保管場所や管理方針によってパーツの増減が
    あったかもしれんね。某県史には「皮・紙・漆・砂」を使って
    鎧を自作した農民の話もあったんで、(当時の)持ち主の
    ハンドメイドも考えられる。

    あと「3」も無きにしも非ずかなあと。
    現代だと平均的体格の子供が多めだけど、昔は様々な体つきや特徴を
    持った人がそこかしこ歩いてただろうし。
    (某雑誌のブッダ様に比べたら、まだしも人間の体つきだろうと)

  23. 鎌倉幕府 | URL | -

    ※22殿。確認したら書籍は柏書房の日本の甲冑武具辞典でござった。写真が白黒で詳しくはわかりませんでしたが、前の草摺が二間で他の板札と胴の板札が違うように見えたので補修時に(江戸期か?)間違って付けられた可能性があります。
    ただ、もしかしたら子供の時に使っていた具足を丸胴の下に重ね着として装着していたものが予備の兜、小具足とともに別途にされた可能性もあります。
    もしくは早死にした弟か息子の遺品に自分の小具足をつけて供養したか・・・

  24. 人間七七四年 | URL | -

    ※23殿

    22です。鎌倉幕府殿、丁寧な補足をありがとうございます。
    確かに、鎧となると持ち主だけでなく、家族縁者や烏帽子親
    などとの関わりも大きくなりますね。

    ※23の例とされたように、思い入れのある人の物であったなら
    それこそ見た目など関係なく、一揃いとして扱ったでしょうし、
    各家の供養や祭礼も理由としてあったかもしれず…。
    気を付けているつもりで、ついつい現代の思考で考えていたことを
    実感しました。

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