如水の兵士応募に参加した人々

2015年09月27日 13:57

750 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/27(日) 09:46:44.86 ID:xn1Ub7CY
関ヶ原の役が起こると、中津に在った黒田如水は、兵を集めるためこうお触れを出した
『諸浪人、親掛かりの者をはじめ、歳寄って隠居した者、百姓、町人、諸職人によらず、
望み次第何者であっても罷り出でるように。』

これに人々、我も我もと罷り出た。もちろん武具一式を持たない者達多かったので、黒田家では
普段出入りの業者より古い捨て道具などを乞い集め、鞍骨を一緒に乞い、切付、肌付を片方ずつあてがい、
轡、片鐙は縄で、具足の無い者には紙羽織の後口に朱にて紋をつけ、兜のない者には竹の皮笠の周りに
四手を付け、痩せた馬に乗り、中間一人に馬を引かせて槍を持たせるような者も多かった。
しまいには、知人の陣屋に飛び入り、これに馬人養われて陣を務めるような者もあった。

その者が言った、「このような見苦しい体では出陣すべきでないと思われるかもしれませんが、
私も若い時は侍の真似をしていました。しかしこの国が京から来た人(黒田家)の物となり、
私は本領を離れ、詮方無く百姓をしていましたが、慣れぬ業ですから、口を過ぐる事も出来かね、
餓死にも及ぼうかという有り様を口惜しく思いながら、自害することも出来ず遺恨に思っていた折、
思いもよらず乱が起こり、先祖の家業を継ぎ、もう一度侍の真似を仕り、討ち死にできることの嬉しさよ!」

また、職人にもこのたぐいの参加者が多かった。

笠冠をかぶった百姓の中の、樋田山城守・小城源兵衛という者は、昔の代には一城の主であり、
人をも引き回し、度々手柄を仕った者達であった。

また職人たちが俄に侍になった事について、日頃より関係の在った裕福な町人たちがこんな意見を言った
「親が何であったとしても、入らざる武士立てである。今の分で、鉄などを吹いていたほうが良い。
きっと炭や地金の代金がなくて、それを惜しんで参加したのだろう。」
そう言って笑った

この時笑われた職人たちは、戦後正式の武士となり知行を取ったものも多かった。
金は失せやすいものであり、笑っていた金持ち達は、程なく財産を失い、乞食となり、
笑われた者の知行の内に行き小さな屋敷に乞い、鉢を開き、終には餓死したものもあった。

こういった者達がもし思い立っていれば、その頃裕福だったのだから、一廉綺麗に支度も
あい調ったであろう。元来侍の果てでもあったのだから、武士として取り立てられ知行取りに
成ったこと疑いないのに、その気性が甲斐ないために、そういう将来を捨て去ってしまったのだ

とにかく侍というものは、とりわけ気概を持たない者は、何の役にも立ち難いと見えたり。

(古郷物語)

関ヶ原の折、黒田如水の兵士の応募に参加した人々についてに記事である。



751 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/27(日) 17:31:12.93 ID:vOxey6zv
これって結局どっちにしてもおちぶれるんじゃね?
気概のない者は選択の余地なしってことだよね

スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    一見すると、ただの寄せ集めかつ、準備不足の体って感じだな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    大河ドラマでもあったね
    デブが如水に人に二、三倍働けって言われてたような気がした

  3. 人間七七四年 | URL | -

    寄せ集め兵士達ちゃんと後で取り立てられたんだな
    勿論全員じゃなかったんだろうけど

  4. 人間七七四年 | URL | -

    合戦で功名をあげるのも討ち死にするのも
    商いで財を築くのも失うのも結局は才覚と巡り合わせの問題でしかないよね
    土地あっても金がなきゃ結局苦しいわけだし

  5. 人間七七四年 | URL | -

    どこかの黒い企業の社員教育に悪用されそうなネタだな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    知行を取った……というだけの話にしておけばいいものを、ほどなく財産を失いとか言っちゃうから一気に説得力無くなる

  7. 人間七七四年 | URL | -

    戊辰戦争でも同じようなことが起きてなあ。
    尾張藩の藩兵として、町人がとりたてられて、士分になったものもいた。
    幕府歩兵隊の歩兵も、町人のうち威勢がいいのも参入したり。結構、チンピラみたいなのもいたそうな。

    日清戦争のときに、こののりでついていこうとした人がいたけど、さすがにダメだからということで、お引き取り願ったという話もある。

  8. 名無しさん@ニュース2ch | URL | -

    日露戦争んときはタヌキが、、、

  9. 人間七七四年 | URL | -

    金持ちが急に揃いもそろって乞食となるわけもあるまいし、非協力的だったって戦後迫害されたんかなーと。
    「戦働きの役には立ちませぬが・・・」とか言って、なにがしかのものを供出していれば、助かったかもしれないが、まあそれも才覚か。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    現在でも自営業の商人は生計が不安定な傾向はあると思う
    なのであいつらバカだねーって嘲笑った当時成功していた商人達のうち何人かは
    説話的な因果応報とは無関係に実際に落ちぶれちゃったケースも在ったのでは

  11. 人間七七四年 | URL | -

    金持ち商人が乞食に落ちぶれるって、当時の士農工商の商人に対する差別意識からだよね
    身分低いのに金もってるからやっかみがある

  12. 人間七七四年 | URL | -

    そういう者もあったってだけで
    全員が落ちぶれて乞食になって餓死したなんて書いてある話じゃないでしょ

  13. 人間七七四年 | URL | -

    黒田家そのものが筑前に行って家禄が倍以上増えたからねえ。
    それだけ人も欲しいわけで、まして如水の性格からして
    一度自分の元についたものを切るとは思えず、
    希望者全員採用したんでないかな。
    中津に残ったものに関しても新しい大名との引き継ぎで、紹介くらいはしただろうし。

    黒田家が出て行った後の中津の方も新しい大名が来て、いろいろ変わっただろうし
    そこで没落とかは当然起きるわな。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9496-e2220012
この記事へのトラックバック