その方が申したのに違わず、この度勝利を得たり

2015年09月28日 19:30

752 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/28(月) 04:40:57.37 ID:z9YNXP1H
天正12年、尾州長久手において、徳川家康が上方勢と対陣の時、
三枚橋の城代・松平周防守(康重)より御見舞として家来の岡田竹右衛門が派遣された。
これに家康は喜び「その方を呼び寄せたく思っていた折に、よくやってきた。早速申し付けることが有る。
敵味方の人数を見積もってくるのだ。」

そう言って、阿部菅右衛門、西尾藤兵衛をさし添えた。岡田は即座に乗り出て、見積をしてくると
家康に報告した。そこで、敵勢は数十万に余るほどだというのに

「敵は五万七千、見方は五万ほどで、されば七、八千ほど不足ですが、関東勢は心猛く、
上方勢3人を味方1人宛に積もれば危ういことは決してこれなく、合戦はご勝利疑いありません。」

家康は大いに喜び、その後合戦で勝利し帰陣する際、岡田は途中御迎えとして出ており、
阿部川において御目見得した。この時家康は馬上から声をかけ

「その方が申したのに違わず、この度勝利を得たり」

そう大変喜んでいたという。

(明良洪範)


関ヶ原の時の、渥美源吾の逸話の原型みたいなお話ですな。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1345.html



753 名前:人間七七四年[a] 投稿日:2015/09/28(月) 09:19:50.98 ID:tyNSTUvi
お前、それ鬼武蔵の前でも同じこといえんの?

754 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/28(月) 15:30:18.44 ID:9lf3ClAH
関東勢?

755 名前:人間七七四年[aaa] 投稿日:2015/09/28(月) 19:53:04.08 ID:tyNSTUvi
美濃以東は関東、つまり鬼武蔵は関東勢

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉の本隊を差っ引けばほぼ報告通りではないかな。誇張もおべっかもなく冷静に戦力分析が出来た良い話

    まして鬼武蔵なんて3人どころか鉛球1個で退場したなら安上がりな結果

  2. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原の物見の話は、毛屋主水だね。
    いい話して味方の士気を上げたのに、権現サマがくれた褒美は・・・

    毛屋主水「アナタがワタシにくれたもの~♪お皿に山盛りの饅頭~♪」

    権現サマ手近すぎんだろww

  3. 人間七七四年 | URL | -

    関東に本拠地置くことになったためこんな話が

  4. 人間七七四年 | URL | -

    戦国時代なら、三河辺りから関東であってないか。
    まあ、厳密には三河は関東に含めるかって話はあるが、この時は既に五国の太守だしな。

  5. ぬ | URL | -

    箱根から西は関西。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    陣中と考えると饅頭みたいな甘味は素直に嬉しいと思う
    酒のアテにはならないけど…

  7. 人間七七四年 | URL | -

    いやいや、飲兵衛なら饅頭だろうが酒の肴にして飲みますよ。
    ひどい場合は“酒”を酒の肴にして飲みますから。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ウィスキーのアテにチョコレートとか
    バーボンのチェイサーにバーボンとか
    確かに西洋では無いわけでは無いな…<饅頭と酒を「肴」にする

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    子孫「これが当家の家宝、その時賜った饅頭でござる」
    みたいな落語がありそうだな。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    越後の毘沙門天「いかんのか?」

  11. 7 | URL | -

    ※10殿
    いやいや、貴方は塩を酒の肴にして飲んでたでしょ。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※2殿
    荒木村重「私は刀に串刺しで貰いましたが?」

    実際当時は果物以外での甘い物って貴重品だったのでは?

  13. 人間七七四年 | URL | -

    この前、「ふっかん」というお菓子の話でも
    黒砂糖が貴重品と出ていたから、お菓子類いは
    それなりに高価なものだったのでは。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※12&13
    砂糖の国産化は17世紀に入ってからでそれまでは全て輸入品だから、確かに菓子は高価な希少品かも。

    知り合いの飲兵衛は、饅頭や大福はおろかショートケーキでも日本酒のあてにして呑むと言ってたなあ。

  15. 人間七七四年 | URL | XPh8VFiw

    戦陣で振る舞うために作らせた饅頭なら、ある程度は日持ちする、ふんだんに材料を使った、みっちりと味の濃い饅頭だったのかな。

    …栗饅頭とか食べたくなってきたな…

  16. 人間七七四年 | URL | -

    戦国で饅頭でしたら、加治木饅頭もありますよ。
    たしかに、昔は砂糖は貴重品だったから薩摩芋が渡ってきてからは
    お菓子の甘味を砂糖の替わりに薩摩芋でつけていたと聞いたことがあります。

  17. ※15 | URL | XPh8VFiw

    ※16さんの加治木饅頭をみたら、続いてご当地饅頭の一つ、和歌山の本ノ字饅頭を思い出した。

    紀州の殿様が参勤交代に携行食として持って行ったという歴史ある本ノ字饅頭だけど、製造元の総本家駿河屋が去年倒産して途絶えてしまった。
    地元では何とか伝統の菓子を絶やすまいと、工場を県内の企業が買い取ったり市民がシンポジウムを開いたり県や市の学芸員が木型や文書を調査して資料の散逸を防いだり、いろいろ努力をして今年の春に営業再開にこぎつけたと。

    倒産の時は全国ニュースで流れたが、営業が再開できたのは知らなかった。和歌山行きたくなってきた。

  18. ※16 | URL | -

    ※15・17さん
    >和歌山の本ノ字饅頭
    地元の人たちの努力が実って本当によかったです。
    一度絶えてしまうと復活させるのは簡単なことじゃありませんから。
    和歌山に行くことがあれば食べてみたいです。

  19. 沛公劉邦 | URL | -

    今回の逸話に饅頭はでてきていないよね?

  20. 人間七七四年 | URL | -

    ※17さん
    それ自分もニュース見ましたよ。地元の方の愛を感じましたね。

  21. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    水菓子だって当時は甘いものは少ないだろうし季節も限られて貴重品だったんじゃないのかな?
    林檎の苗だかを貰った礼状を浅井長政が誰かに出してたけど、和種林檎の南限になるのかなあ?

    塩がでたついでに、製塩のできないアイヌでは日保ちする塩鮭を作れなかったらしいね

  22. 人間七七四年 | URL | -

    ※21
    アイヌと塩か。確かに北海道では製塩は振るわなかったらしい。
    北前船の下り方面の荷として瀬戸内の塩を運んでいたぐらい。
    北海道ではその塩で鮭や鱈を塩蔵して上方へ輸出する。

    わざわざ遠くから買うのは不思議といえば不思議だが、
    産業用に大量に使うには、やはり入浜式でないと無理だったのかね。

  23. 人間七七四年 | URL | -

    実は地産地消レベルの製塩はどこでも出来る。

    産業としての成立するくらいの製塩に必要なのは
    気候や地形より、最後に煮詰める為に必要な燃料の大規模かつ安定的な供給なんだ。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    ※23
    信玄「どこでも出来るってホントですか?地産地消レベルで十分なので、至急方法を教えてください。
    すごく困ってます。ぜひお願いします」

  25. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    海のある土地を手に入れなされ

  26. 人間七七四年 | URL | -

    ※23
    筑豊炭田の石炭は当初瀬戸内海での製塩に使われていたらしいね。
    労働集約型だし、プチ産業革命みたいな感じが楽しい。

    ※24
    回答者:bishamon10

    甲斐・信濃で塩を生産するのは残念ながら難しいです。
    越後塩ならお取り寄せ対応してますし、お試しセットも充実しているのでお勧めです。

  27. 人間七七四年 | URL | sLVlPPkU

    ttp://www.iijan.or.jp/oishii/area/post-1085.php
    ※24
    信濃にも塩はあったよ!

    これってどれくらいの量取れるのかね

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