本を忘れざるの士

2015年10月18日 15:08

843 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/10/18(日) 09:44:45.31 ID:G0YrFzzC
本を忘れざるの士

原吉丸酒井金三郎は共に東照宮の近習であった。伏見で東照宮が庭に出ようとすると、原は太刀をもって庭に降りたが、草履を履きそこねてしまい素足でいた。
これを見た酒井が自身の草履を原に履かせた。東照宮は噂でこのことを聞き、酒井に詳細を尋ねたところ、
 酒井は「原はもともと下総笛井の城主原一郎の子であり、私の先祖は原氏に仕えていたと聞いております。
     先祖が主筋ということでしたら、素足で炎天下の地面に立たせる訳にはいきませんので」
 と答えた。

これを聞いて東照宮は「己が出自をよくわかっておる。私の子孫もこうであってほしいなぁ」とかこぼしたそうな

『常山紀談』



844 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/10/18(日) 11:57:56.49 ID:xdcKEcbn
吉丸はのちに洗礼を受けて殉教する胤信やね

てか原と酒井は主従関係ないんじゃ、というのは無粋か

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    幕末の藤堂家「せやな」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    千葉氏周辺はこう言う話多いね
    宗家が明治まで旧臣の仕送りで生活してたりとか

  3. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    高城だったか、旧領の菩提寺を訪ねたりすると旧臣の子孫たちが続々と集まってきたとか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    現代でもこういう感覚の残っている旧家あるんかな?
    母方の祖母がこのサイトにも出てくる武家の末裔家だけど、まったく家という感覚なさそう

  5. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    相馬は当主が他の土地に移っいても野馬追いがあるのでいまだに旧領と絆を保ってるね

    他も大なり小なりそんなもんじゃないのかな
    大きい所なんかは何かあると家臣筋が集まるとか小さな記事が昔は出てたりしたし

  6. 人間七七四年 | URL | -

    戦国期では千葉よりも原の方が栄えていたらしいし、原に使えた酒井もいたって事だな

  7. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    なんで、原に高城両酒井なんて言葉が生まれたんだろ?
    高城はわからんでもないが、北条と里見の間で行ったり来たりしていた土気・東金の酒井は原に隸属したことないんじゃないかね

  8. 6 | URL | -

    ちょっと調べてみたら酒井胤敏が原胤清から胤の字を貰っていたみたいだ
    元々酒井氏は千葉宗家のごたごたを治める為に義政の命で東氏と共に来た訳だし、途中で東氏と袂を別つけどもその時に成氏方の原氏とも縁を持つようになったんだろうね

  9. 人間七七四年 | URL | -

    名前に「胤」が付くのは「千葉氏」か「原氏」に関係がある人なんですね。
    高城氏の居城であった小金城跡は、よくバスで通るし、高城氏について調べてるので「高城」の名前には反応してしまいます。

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