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石田三成の対面(武功雑記ver)

2015年10月19日 14:01

511 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/10/19(月) 10:31:30.50 ID:Z9MZl0gp
関が原の合戦の後、石田三成が生け捕られた時、紺の帷子を被って小袖を許されていた。
藤堂宮内(高吉)が来て、

「私は治部少輔の恩を受けたものなので、ひと目会いたい」

とたって望んだため、対面を許された。
宮内は「さてさて」と何か言おうとすると、三成は

「いやいや、最早何も言わぬものだ。」

そう答えた。

さて、この時捕らえられた、石田三成小西行長安国寺恵瓊の3人に時服一重づつ、
台に乗せて下された。

小西は言った
「一時の寒風を逃れよと、小袖を下さること忝ない。
諸人に対面するのも面目がないが、身に刀を立てぬ宗旨ゆえ、このように見苦しき目に逢ってしまった。」

安国寺は小袖を見て
「それだけか」
と言って着用した。彼は諸大名に会ってもずっと無言であった。傷が痛むように見えた。

三成は小袖を見て
「これはどこから来たものか?」と聞いた。「上様からである。」
「上様とは誰か?」
「いや、内府様の事だ。」
これに三成
「さてさて、上様はこの前他界されたばかりだというのに、早くも内府を上様と呼ぶのか」
それだけ言って小袖を着ようとしなかった。
諸大名には雑言を言っていた。

(武功雑記)




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    三者三様で面白いな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    高吉の三成から受けた恩とは何のことだろう?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    高吉さん、数奇な運命な人だよなあ。
    おまけに長命だし。

  4. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    ※2
    秀吉による丹羽潰しの一環で秀長の養子から外された時に、高虎の養子申し入れに口添えして落着の後押しをしたんではないかと推察してるサイトがあった

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ドラマ等では柿のエピばかりで、小袖の件はさらりと流される傾向があるので
    この逸話の3人の模様は興味深いです。

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