水野勝成「ちょっと待ってくれ戸田殿」

2015年11月01日 13:14

923 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/10/31(土) 20:04:57.97 ID:4yIZAUwm
寛永16年、島原の乱で幕府軍が一揆を攻めあぐねる中、幕府より松平伊豆守信綱が派遣された。
将軍徳川家光は、信綱を派遣するに当たりこう仰せ下した

「(水野)日向守勝成は名にし負う古兵である。彼ら父子が参陣するまでは、ただ遠巻きにせよ。
合戦をして兵を討たせてはならない。」

信綱は現地に到着すると、軍を留めて勝成の到着を待った。勝成はわざと日数をかけ、2月22日に
到着した。

同24日、幕府軍の諸将は信綱の陣に集まり軍評定を開いた。ここで戸田氏鉄進み出て、
「我らは将軍家から、相構えて兵を討たすな、謀を巡らせて城を攻め落とせとの仰せを承った。
である以上、このまま遠攻めにして城中の兵糧の尽きるのを待つべきだと考えます。」
これを聞いて信綱は勝成の方に向き、尋ねた「日向守殿のお考えを承りたい」

勝成
「今は天下一統の世となって、一揆の奴原に力を合わせようという者は一人もいない。
何の恐れることがあるだろうか?ただ面をも出させず、干し殺してやるに若くべからず。
大御所も昔高天神の城を、そのように攻められたものだ。
殊にこの原城は古よりの名高き城であると、この勝成が若いころ、鎮西に流浪した時に承っている。
あたら武士の命を、土民百姓たちのために失うというのは謀ではない!」

戸田氏鉄我が意を得たりとばかりに
「尤もです!敵の兵糧が尽きるのを待つべきです!」

ところが勝成、これを聞くやいなや
「ちょっと待ってくれ戸田殿、私が言っているのは、今日まで遠攻めして味方を討たせないようにしたのが
良い謀だ、ということだ。」

「は?」

「城の奴原は一揆が勃興してから、100日も立て籠もっている。ならば今はもう兵糧も矢弾も尽き果てて
いるだろう。であれば、この後一体何を待つというのか?

我らはただ平攻めに攻め破って、奴らを捨ててしまえ!」

こうして幕府軍は総攻めを行うことに決定したのである。

(藩翰譜)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    自分が来るまでの戦術を誉めて若い武士たちの面目を立てたうえで、ここからは自分のやり方で行く宣言。
    歴戦の老武士らしい采配だと思った。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    実際一揆勢は食料が少なく、城の裏手から海岸へ降りて海草食べてたって話があるから、
    もう少し待てばもっと一揆勢の力を弱められてたのでは無いかな?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    兵糧攻めの滞陣はいやだから遠回りしたのかなーw
    どうみても勝成公はじっとしてる嫌な性格だし
    譜代で実戦経験者は水野勝成と戸田氏鉄くらいかな
    外様だと山田有栄とか立花宗茂が参加してるんだっけか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    兵糧攻め続けて相手に降伏でもされたら、皆殺しってワケにいかなくなるからな。
    そうしたら将来に禍根を残す事になる。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    兵糧攻めはこちらの費用もかかるしね‥。

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