妙秀は親類の者どもが婚姻を決める際に

2015年11月05日 07:04

936 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/05(木) 02:01:23.78 ID:657yLLV6
 妙秀は親類の者どもが婚姻を決める際に、他人と取り決めると聞けば気に入らず、親類の中の者と聞けば喜んだ。


 一類の者が数多くいるのに他家へ遣わすのは、その娘に傷があるようである。また私達一族に成人の娘いるのに、よそに尋ね求めることはいらいらするだろう。
幸いにも私たちの中にお似合いの者がいるのに貰わないのは、親子の思いが無い証しであり、全く頼もしくない。

 また物好みして外から求めても、仏が花を降らせるような事はないものである。その嫁の先祖がどのような非道を行っていたかもわからない、
とくに現世での名誉と利益にこだわって、金銀等を持参する嫁を求めるのはふがいなく禍の基である。
 金銀を宝として好むべきではなく、大切な兄弟の仲が悪くなったり、恥を晒すのも、多くは金が原因である。貧乏な者が死んだあとで、兄弟仲が悪くなる事は無い。
金銀を持って来た嫁のためにもならない。何事につけても金を持って来るので、気遣いは必要ないと思われる事にも気を遣ってしまい、殊の外身持ちが難しくなるものであろう。
 
 また賢い男ならば、金を持って来た女であるので甘やかすと人目が恥ずかしくて、たいした事もないのに目を光らし、夫婦の仲も悪くなるだろう。
女の心が清浄で賢ければ、持って来た金を男にまかせ誠の夫婦の心地がするはずであるが、男よりも金を大事に思って、わだかまりのある目の色を見てしまったらなんとも嫌な事であろうか。

 人の身で大事なのは縁組である。夫婦の仲が互いに大切に思っていたら、どれほど貧しくても耐えられるだろう。互いに思いあったものが親を捨てて走り行くのもよくあることである。
欲深く鼻の先にのみ知恵がある者は、富貴であることだけを良い事だと思って、自分に過ぎた婿や嫁を取ることは浅ましいことである。
 婿のおかげで生活できている者は仕方がないが、婿も嫁も相手を『真実の我が親なり、我が子なり』と思う程の志あるものを好むべきだ。

自分に過ぎた婿を取れば、もったいないことにも娘を侍女や賄いのようにするのは富貴を好むためである。
また自分に過ぎた婿を取れば、万事が華麗になって自家の作法に反し、必ず家が滅亡する兆しとなる。
 
 ただ大身も小身も、身の分際に応じて婚姻を取り結ぶべきだ。
多くの人の中で敬うべき者は、親、主君、祖父、祖母、兄、姉、伯父、伯母である。
さらには舅、姑を親同然に思うべきである。このため忌服も同然なのである。疎かに思うのは天理に背くというものである。

(本阿弥行状記)

身内との結婚を推奨しているのが印象的ですね





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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    身内と結婚すると、一族の財産の散逸を防げるという効果がある。爺さんの代で分割相続した財産が、ひ孫の代で一緒になるとかある。
    ドイツ法だと、叔母甥婚、叔父姪婚がありなんだけど、これもゲルマン慣習法伝来で、同様の話。
    日本でも、戦前は、いとこ婚が結構あった。

    法人という概念がない社会だと、いかにして財産の散逸を防ぐかということを考えんといかんかったりする。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    純血主義は長い目で見ると害になるんだけどねえ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ハプスブルク家「せやな」

    なお

  4. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    ※1
    日本人「散逸させたくないから一期分にしようぜ!」

    いや、マジで鎌倉期以降の洞中や家中の概念って家よりも一種の法人だしなぁ…

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※管理人さん
    938はどうみても別の逸話へのコメントですよ

  6. まとめ管理人 | URL | wZ.hFnaU


    ご指摘ありがとうございます。直しておきましたー

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