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人間一生の勤めは忠孝の道である

2015年11月08日 06:46

957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 00:57:01.81 ID:kHLr6tzO
井伊直孝曰く、

「人間一生の勤めは忠孝の道である。聖賢千万言の教えも、皆忠孝のためであろう。

忠孝を勤めようと思うなら、主君と先祖の恩を常に忘れるな。『恩を知らぬ者は、
思いもかけず災難にあうものだ』と、古人もおっしゃった。油断してはならない。

人間の苦には、飢寒よりもたいへんなものはない。百姓町人が昼夜となく骨を折るのは、
飢寒を防ぐためである。中には家職の勤めに油断して、飢寒に及ぶ者も多い。

一方で、武士には生まれながらの飢寒はない。皆々が父母妻子兄弟を養い、家来を使い、
安楽に暮らしているのは、主君ならびに先祖父母の恩徳ではないだろうか。

この恩を常に忘れなければ、忠孝の道を忘れようもない。古老の物語などによれば、
『毎日食に向かい衣服を着る時、主君と先祖父母の恩徳を思え』ということである」

――『松のさかへ(井伊直孝公御夜話)』




958 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 01:35:54.39 ID:G3IlIf/x
藩祖が遠江出身で生粋の三河者じゃないのに、一番禄をもらって
譜代筆頭なのに戊辰戦争では新政府側の彦根藩

959 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 06:39:27.75 ID:KLh7wixy
藤堂高虎「さんざん幕府の恩顧を受けながら裏切るとは彦根藩ってひどいな」

960 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 07:05:22.76 ID:IHwgcjch
井伊家は南北朝時代から何度も滅亡の危機をむかえてるのに明治維新生き抜いたのは正直すごいと思うの

961 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 08:26:58.70 ID:hS/xgfqa
直弼はさっちょうのスパイだったのさ

962 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 10:38:44.79 ID:1be3Js0o
風邪で具合が悪いせいか、
直政は家康のおっぱいだったのさ
に見えた

963 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/08(日) 11:34:48.66 ID:cGSOOvIR
寝てろ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    まあ、徳川家自体、御三家筆頭の尾張家は、明治維新の時に、新政府側についちゃったしなあ。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    譜代は酒井家の庄内藩以外ほとんどが新政府側に……

  3. 人間七七四年 | URL | -

    連レスすみません。

    譜代大名の多くが新政府に味方した(でも九州や西国は地理的に仕方ない気もする)一方で幕府は捨てても徳川の名誉を守ろうとした勝海舟、和宮、篤姫、幕府に殉じて死んだ近藤勇、最後まで新政府軍と戦った榎本武揚、土方歳三、大鳥圭介が先祖の恩がそこまで深くはないのが何とも不思議だ(新撰組の二人は天領の百姓だから徳川の領民という自覚や、天領の緩い統治への恩があったのかもしれないけど)

  4. 人間七七四年 | URL | -

    幕府を守るため大老として頑張ったら不逞浪士に殺されただけでなく何故か責任をおっかぶされ20万石まで石高を減らされました。その後も禁門の変~長州征伐と幕府先鋒として頑張りましたが戻ったのは3万石だけ。
    こんな状況でなお幕府に尽くすのは頭がおかしいレベルだと思うよ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    幕末は藤堂はもちろん、井伊もそこまで非難される筋合いないよなぁ、と個人的には思うのよな…
    ※4の言う通り、むしろ井伊は直弼さんの頃まではめっちゃ働いてたと思うくらいだし

  6. 人間七七四年 | URL | -

    >本スレ958・959について
    その時の情勢に合わせて味方に付く方を選んだんだろう
    そういう行動が非難されるのはなあ・・・
    家康って200年先も味方してくれたらそりゃ嬉しがるだろうけど
    幕府に味方しなくても、考えた上で下した政治判断に関しては何も思わんだろう
    高虎や直政に感謝はしててもその二人の200年以上先の子孫にまで押し付けないと思う
    200年以上先まで絶対味方!って無理だ。第一現実的じゃないし
    尾張家に関してはどうかわからんがw
    案外、尾張家に関しても何とも思わんかもしれん、権現様

  7. 人間七七四年 | URL | aNn4.8kc

    ・大政奉還の時点で、旧体制はチャラだ。すでに新ルールの世なのだ
    ・薩摩会津連合が、薩摩長門連合に組み変わった
    この二点を把握していれば、
    松平血縁だって、新政府側に付くし、咎められる理由はないかと

  8. 人間七七四年 | URL | -

    慶喜はあくまで水戸の人間であって、将軍と思われてなかったとかあるんだろうか

  9. 人間七七四年 | URL | -

    大権現様「天下は時勢時流、天下のものだ」
    大明神様「実力のあるものがとりゃあええ」
    総見院様「是非もなし、であるな」

  10. 人間七七四年 | URL | 110ru34.

    でも実際、下手に幕府に忠義を貫いたりしたら、
    内乱が長引く上に人材が更に失われて、根本的な内乱の原因・海外に対抗する自体ができなくなる罠。

    そもそも幕府側最高指揮官の徳川慶喜公爵も、幕府たたむつもり満々だったわけだし、
    ジョーク抜きでまじめに言うなら、幕府裏切るのはしょうがないように思えますよ。忠義って難しい

    毛利敬親「海外に対抗しようと頑張ってたら、奇兵隊に実権取られた上に海外の尖兵みたいになったでござる」
    高杉晋作「毛利家への忠義の心で奇兵隊を作った、晩年では正直やっちまったと思った」

  11. 人間七七四年 | URL | -

    忠義って話になれば明治新政府も神風連から西南戦争まであるし、
    吉田松陰でさえ明治まで生きてたら靖国神社に奉られたかどうかわからないよ

  12. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    ※10
    高杉の晩年っていつになるんだろw

  13. 人間七七四年 | URL | -

    毛利勝永「忠義を貫いた」
    山内忠義「アッー!」

  14. 人間七七四年 | URL | -

    日本人の根幹の精神だと思う
    これをおろそかにし国やぶれたらイスラム難民になるし
    社会や国を軽んじる愚かな左翼を日本人は憎むのは当然

  15. 人間七七四年 | URL | -

    家臣に報いてこその主君であって忠義だからなあ。
    ※4のいうようにそれでなお忠義は酷いよな

  16. 人間七七四年 | URL | -

    むしろこんな幕末まで各藩が幕府に従ってくれていた事に感謝するべきでしょう。
    忠義を貫くと言っても、直接領地を貰った世代ならともかく、これだけ長い歴史じゃ
    流石に呪い以外の何物でもない。

    ※14
    逸話サイトで下らない政治思想話持ち込むの止めてくれないかな?
    しかも悪しき精神主義臭くて堪らん!

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※16
    平和ボケでなにより

  18. 人間七七四年 | URL | -

    >>958
    先祖が味方だから時代が変わっても盲目的に味方しないといけないとか・・・
    儒教引きずり過ぎで現実を全く見ない的はずれな批判だわ

  19. 人間七七四年 | URL | -

    ※17
    「忠の不忠の、義の不義の、当介の不当介など、理非邪正の当りに心の付くが嫌なり」

  20. 人間七七四年 | URL | -

    奥羽越列藩同盟も別に徳川家忠義というわけじゃないし、あの中で佐幕派と言えるのは会津藩と彰義隊と新選組残党ぐらいじゃね?
    榎本武揚率いる幕府残党が建てた蝦夷共和国ですら幕府再興を意図したものではなかったのだし(てか肝心の徳川宗家自体が鳥羽伏見以降ほとんど蚊帳の外だし)

  21. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    ※19
    ここに持ってくる言葉ではないのではないかな?

  22. 人間七七四年 | URL | -

    庄内藩は佐幕だったと思う。
    函館組も、土方歳三や中島三郎助あたりは幕府のために戦って死のうと思っていそうだね。

    家康はじめ徳川将軍は伝統的に家臣に深く愛されやすい気がするw
    戊辰戦争の頃も幕府を追って死ぬとかまさに犬のように忠実

  23. 人間七七四年 | URL | -

    本スレ>>962の風邪が重篤そうで心配なんだが
    なんだよ「おっぱい」って!

  24. 人間七七四年 | URL | -

    南部「為信に井伊直政殿の言葉を聞かせたい」
    龍前寺「拙者も直茂に聞かせたい。」
    津軽為信「なんか、外野が煩いけど気にしない」
    鍋島直茂「ですよね、津軽殿。」

  25. 人間七七四年 | URL | -

    ※24です。
    龍前寺→龍造寺
    井伊直政→直孝
    でした。すみません。

  26. 人間七七四年 | URL | -

    ※21
    「忠も孝もいらず、武士道においては死狂い也。このうちに忠孝は自ずからこもるべし」

  27. 人間七七四年 | URL | -

    戊辰戦争はたぶん徳川方も政権闘争に敗れた結果だし‥。
    あのまま新政府に移行したら、確かに徳川方は強力な発言権があったけど、
    それが新政府において良かったかはわからない。

  28. 人間七七四年 | URL | kwn6jd/6

    織田信長「主君が代替わりして弱々しくても、侍たるもの忠義を尽くすべきだな」
    豊臣秀吉「まったくですな」
    徳川家康「然り」

    北条早雲「次世代の」
    斎藤道三「侍も」
    毛利元就「良いことを言う」


    足利義政「何故人々はこんなにも信頼の心を失ってしまったんだ!理由は何さ!」

  29. 人間七七四年 | URL | -

    薩長・朝廷がよい政府になるかどうかもその時点ではわかってなかったわけだし、
    「劣勢だが、幕府側につくことが日本のためだ」と思っても
    それはそれで不思議ではないでしょう。

  30. 人間七七四年 | URL | -

    会津藩も藩祖の教えを守って将軍家に忠義を尽くした結果があの結末ですから・・・

  31. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも朱子学押し立てて「日本人の志ガー」ってやられてもな

  32. アリサスキー | URL | -

    ※17
    2chから流れてくる底辺は消えてくれ

  33. 人間七七四年 | URL | -

    てか、彦根藩は将軍が水戸出身の慶喜じゃなかったら
    最後まで譜代筆頭としての務めを全うし新政府に鞍替えすることは無かったと思うよ

  34. 人間七七四年 | URL | -

    慶喜公が明治時代に新聞記者だかに近藤勇と土方歳三のこと聞かれて、
    「近藤と土方か・・・」
    と目を潤ませたって逸話が好き

  35. 人間七七四年 | URL | -

    でもなんだかんだ幕末まで徳川の先鋒は井伊・藤堂という軍制が続いていたのはおもしろい。結果的には裏目に出ちゃったが

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