秋田実季の所業

2015年11月26日 16:44

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/25(水) 20:12:23.81 ID:OTpElVKD
古き人の語る所によると、秋田実季は子息・俊季に家を譲るという時、
俊季にはわずか1万石の地を与えてそこに5万石の賦役を勤めさせ、それ以外の領地は
全て自分が押し取って、郡中の民に重い租税を課した。

それだけではない。実季は家を作り、垣を結い、カマドを作り、窓を穿つ事にすらも一々に銭を賦し、
強制的に徴収した。
このため貧しき民は、家の軒が傾き壁が破れても、修理することが出来なくなった。
男は髷を結い、女はお歯黒をつけるべき年齢を遥かに過ぎても、ただ童のような姿のままであった。
民は親子兄弟、皆嘆き悲しんだ。
嫡男である俊季自身もその家来たちも苦しみ困窮したことは言うに及ばない。

それだけでも酷いというのに、実季は我が子俊季に対し、筋無き事を幕府に訴えるなどしたため、
終には伊勢朝熊へと流された。

その後、俊季が大阪城の守衛を命ぜられ上る時に、実季は道に出迎え、対面しようと伝えた。
実はこの時、実季は内心息子を殺害しようと考えており、俊季の家臣たちは素早くそれを察し
対面を決して許さなかった。

秋田実季の振る舞いは、こう伝えられるほど酷いものではなかったと考えられるが、
彼によって苦しめられた民衆が、その恨みを悪し様に語ったため、このように伝わったのであろう。
しかし大相国家(徳川秀忠)のお耳にも達し、実際に罪を被った事でもあるので、完全に
事実無根というわけでもないのだろう。

(藩翰譜)


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ここで鵜呑みにしないのはさすが白石と言うべきか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    お人形あそびは果たして誇大エピソードなのかどうか
    それが問題だ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    この人のエピソードは毎度まー君と違った意味で狂気を感じる。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    (*●∇ ̄)「呼んだか?」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    どこかで聞いたような話と思ったら、島原での松倉氏の重税ぶりと似てるなあ
    すると人々の行いにいちいち課税したというのは悪政批判のテンプレなのか

  6. 人間七七四年 | URL | -

    実季の弟の子が残した覚書でも実季の所業は批判されてて、誇張はあれど、実季の施政が乱脈だったのは間違いないんじゃないかなぁ

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