FC2ブログ

半兵衛、宮田光次を引き合いに秀吉を窘める

2015年12月05日 17:49

81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/05(土) 16:43:51.34 ID:XxQWIDmT
半兵衛、宮田光次を引き合いに秀吉を窘める

天正7年、秀吉は家臣を集めて酒宴を開いた時のこと
上機嫌だった秀吉は「我が家の弓矢の勢は、昔に比べて随分盛んになったと思わんか」と家臣団に問うた
家臣たちは「三倍になりました」「五倍になりました」と述べた
有頂天の秀吉は「いやいや十倍になった」と大笑いした
これに対して秀吉の参謀だった竹中半兵衛は「弓矢、昔に劣れり」と反論
秀吉が驚いて半兵衛を問い詰めると半兵衛「宮田喜八死して以来甚だ劣れり」と述べた
これを聞き秀吉は三木城攻めで討ち死にした勇将・宮田光次(羽柴四天王の一人)のことを思いだし
「半兵衛の申すとおりだ」と言って嘆息を漏らしたという

(『名将言行録』)

半兵衛が病死する前年の話

半兵衛にすれば秀吉の慢心や驕りに対する危惧の念をこの時期から抱いていたのだろうか
後年半兵衛の危惧は的中するがそれは半兵衛が死んでからかなりの時間が経ってからのこと

ちなみに宮田光次は後年「太閤の臣に宮田喜八とて武勇第一の人あり」(老人雑話)と言われた武勇の士
秀吉に仕えていた時期は5年程度だったが羽柴四天王の中で最も秀でてたという
市松や虎之助とかがまだまだ出てこない時期であり宮田を喪ったことがいかに羽柴軍団にとって
大きいダメージだったかを半兵衛は言いたかったのだろう



スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    下部分は何かの解説の引用?それともただの自身の考察?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    これを「ただの自身の考察」なんていう意図はなんなんだか。
    別に文脈にそってて破綻ないだろうに。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9653-c9d90d50
この記事へのトラックバック