家光公は孫君ゆえ父君へ御沙汰が無いように

2015年12月09日 09:17

93 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/09(水) 01:25:51.65 ID:Zkj0mP/2
 『すべて孝心無くては物事は先行しない』、と申すこと天理の自然が尊く恐ろしいことである。

 家光公の代に本丸に東照宮を建立されたとき、大御所様(秀忠公)の御目障りにならぬように甚だ小さい祠になさったことは、
家光公の家督相続はひとえに権現様のおかげなので、格別に御崇敬なされたといえども、また父君へ御遠慮からのことであり、もっともな孝心であります。
勿論、秀忠公も至って孝心を持っているが、本丸に御宮を勧請なさることはなかったので、
家光公は孫君ゆえ父君へ御沙汰が無いようにとの配慮なされましたとのことであります。

その東照宮は後に紅葉山へ遷座されました。
(本阿弥行状記)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    三代目にとっちゃ秀忠公が亡くなったときより仙台の親父殿が亡くなったほうが悲しかったらしいけど
    やっぱり弟継がせようとしたしこりが後まで引きずったんかねー

  2. 人間七七四年 | URL | -

    そもそもこの手の神社仏閣でいきなり大伽藍を建てては、燃やされるポイントを増やすだけに過ぎないと(特に畿内圏)

    最初は質素に、年を重ねて有難味が増したところで建て増し。焼き討ちに遭わない工夫

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ん?
    家光は家康を尊敬してたんで江戸城内に祖父を祀った神社(東照宮)を建立したけど、父(秀忠)に遠慮して小さな祠にしたって話じゃないの?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    軍艦の艦内神社みたいなもんだな

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