殿には腰が抜けられたと見えました!

2015年12月11日 07:32

755 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/10(木) 20:26:11.02 ID:GAXiWdNB
関ヶ原のあと、真田父子(昌幸、信繁)は助命かない、両人とも剃髪して染衣を着し、
高野山に赴くこととなった。この時、安房守昌幸は57歳で、于雪と号した。

この真田の譜代の士に、窪田正助という者があり、彼は昌幸に、供をしたいと強く乞うた。
しかし昌幸

「その志は嬉しいが、私が召し連れる人数は上より定められている。
である以上、我が心のままには出来ないのだ。」

それでも正助は
「ならば、私は草履取り代わりに参ります!」

「それは尚宜しからず!士を草履取りにするとは、後日の世の聞こえも如何か!」

これを聞いて正助は立ち上がり
「殿には腰が抜けられたと見えました!私をお役に立たないものと見定められましたか。
もはや存命しても申し甲斐ない!」

そう言い捨てその座から去ると、たちまち自害して果てた。
これを、昌幸は甚だ惜しんだという。

(明良洪範)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >私をお役に立たないものと見定められましたか

    結果的に正しい見立てだったな。後の息子の大坂陣を見てもこの程度の蛮勇は邪魔なだけ

  2. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    いかん、窪田正孝で脳内再生されてしまう

  3. 人間七七四年 | URL | -

    あーあ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    死ぬ死ぬ詐欺じゃなくて、本当に自害するだけ
    心のある武士だったと思うけどね

  5. 人間七七四年 | URL | -

    権現様を悪く言うのはやめてー。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※2さん、私もです。

    一人でも、連れて行くと「なぜ、私も連れて行ってくれないのです。」と言って来るのもいるだろうし、幕府側に警戒心を持たれ、信幸兄さんの立場も危うくなりそうだしね。昌幸父さんからしたら、「ここは「心を鬼にして」」って言ったのに、肝心の本人は昌幸父さんの気持ちや立場を考えるより、自分の忠義心を重んじてしまったのかな。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    昌幸「高野山選抜メンバーを発表する。
       外れるのは窪田、窪田正助。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※2でちょっと思ったんだけど、窪田さんまたいつか大河に出てくれないかなあ。「清盛」や(大河じゃないけど)ドラマ版「デスノ」での演技とか凄く良かったし
    できれば梟雄と呼ばれる武将役で…
    一人部屋の中で「計画通り」な表情を浮かべてる場面、また見てぇw

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    草履取りだったら問題ないと思うよ。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    立花宗茂「草履取りとしてでも行きたいと言うのです」→徳川「天晴れ忠節である」
    真田昌幸「草履取りとしてでも行きたいと言うのです」→徳川「見え透いた茶番を」

    普段の行いだからね。しょうがないね。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    この窪田さんの言い分としては
    「武辺の私を連れて行かないという事は、徳川にもう一矢報いる気がないという事か?」
    「例え草履取りでも連れて行けば、いざ事が起これば自分の名誉など幾らでも取り返せる」
    「それでも連れて行かないというのは、本気で二度と徳川には逆らわない(腰抜け)という事。ならばそもそも自分のような武辺者が生きている事が邪魔だろ?」
    って感じだったんじゃないのかな?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    そこまで分かっているなら言うな、という主君の想いくらい酌んでやればいいのに

    忠義忠節の類はほとんどが身勝手なものだし

  13. 人間七七四年 | URL | -

    某伊豆守「ただでさえ我が家中は面倒なのに、家臣が面倒なのは勘弁して。」

  14. 人間七七四年 | URL | -

    時期が時期だけに浪人になったり帰農するようなのは嫌だったのかもな
    草履とりでもいいから使えていたかったのかも

    あと真田父子に従う少ない従者に自分が含まれてないのもショックだったんだろう

  15. 人間七七四年 | URL | -

    窪田さんって、当時はいくつだったのかな。
    昌幸父さんと同じか、それ以上だったら体力的にも、精神的にもキツいから浪人や帰農も難しいだろうね。若くても「武士から農民」なんてプライドが許さないだろうし、仕官を探すにしても、幕府から警戒されてる真田の元家臣なんて大名が雇ってくれる訳がない、だから昌幸を頼るしかなかったのかな。

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