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小を捨てて大を取ることである

2015年12月17日 10:58

林羅山   
103 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/17(木) 03:19:56.94 ID:pFfurwkJ
ある人が林羅山に問うて曰く、「孝経の、『身体髪膚は父母に受けたり、敢て毀ひ
傷らざるは孝の始なり』というのは、自分の姿形は皆父母の身を分けたものだから、
少しも損ない傷つけないことが孝の始まりであるということだ。

ところが、礼記には『戦陣勇ならざるは孝にあらず』とある。免れて延命すれば
身体を損なわず、勇み進んで戦い死ぬ時は身体を損なうのみならず命をも失う。
これを孝とするとは何ぞや。こうであるのに、2つのどちらを取ろうというのか」

羅山は答えて曰く、「『我が身をつつしんで身体をやぶらず、父母全くして生む、
子全くして帰すべし』。これは姿形だけでなく心にも僻事のないようにという教えだ。
姿形でさえ損なわなければ、このように孝である。ましてや、心ならばなおさらだ。

あるいは、もしも戦いに臨んで死ぬべき時に死ななければ義ではないわけだが、
義をやぶるということは心を損ない傷つけることだ。どうしてそれが孝となるだろう。

中途半端に生きて恥辱をかき、親の名をも汚すのは不孝である。ただし死ぬべき
ではない時に死んでは愚かにして孝ではない。それゆえ、孝と義との2つながらも
背かずに、軽きを捨てて重きを取ることだ。小を捨てて大を取ることである」

――『儒門思問録』



105 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/18(金) 10:29:44.26 ID:N8YCgJZl
寝台白布、これを父母に受く、あえて起床せざるは孝の始めなり(´ω`)ムニャムニャ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    死ぬべきときはいつ?

    林「今でしょ!」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    こんな小難しい事言ってるオッサンでも、秀元さんの鮭分けて貰ったりしてる
    お茶目な部分もあるんだよなぁ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    (´・ω・`)「鮭と聞いて飛んできた。」
    志村「鮭違いです。帰りますよ。」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    こやつの死に様は江戸が小で蔵書が大というかんじだったなあ
    これだから儒者は…

  5. 人間七七四年 | URL | -

    天海は何か好きなんだけど、羅山は何か嫌い。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    友信「酒ときいて飛んできました」
    正則「酒ときいて飛んできました」
    忠朝「酒ときいて飛んできました」

    元就「帰れ!」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    権力者に媚びず在野のまま一生を終えた儒学者はいないのか

  8. 人間七七四年 | URL | -

    >>7
    いくらでもいるw
    そもそも痩せ我慢の総本山の儒教
    いるに決まってるw

  9. 人間七七四年 | URL | -

    惇「目玉うめえw」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    媚びない儒者の方が多いんじゃないか。
    羅山は幕府でお仕事するために僧侶扱いで頭まで剃ったせいで、
    何で儒者なのに頭剃ってたんだ?恥ずかしくないのか?って言われてかなり苦しい言い訳してる。

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