このような時は、武功をなすべきである。

2016年01月12日 18:23

930 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/12(火) 02:40:22.81 ID:8ZqBou7N
朝鮮出兵の折、戸川肥後守(達安)の父・戸川平右衛門(秀安)
の家士・馬場重助という者が南天門の棟へ上って中を見ると、
人が1人もいない。

時に、重助は味方を顧みて招いた。同家士の宍耳太郎兵衛は
続いて上り、

「大門の一番乗り、宍耳太郎兵衛!」

と名乗った。これによって、重助は功を空しくした。このような時は、
武功をなすべきである。

――『常山紀談』




931 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/12(火) 10:03:34.52 ID:D8+SgqqM
山内一豊のような強かさ

932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/12(火) 17:22:34.35 ID:jBoLvV2e
あれを笑って許すのが器量ってやつだよなぁ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    何一つ悪い話ではないよね。武功は原則自己申告の時代には横取りされた方が無能なだけ。武功の武しかない牡丹武者はこうなる

  2. 人間七七四年 | URL | -

    これはさっさと一番乗りを名乗らない方がダメでしょう。
    どう見ても他人に功を譲ったようにしか見えない。

    ただ、戦果は近くに居た人の報告も大切だから、宍耳が正直に
    先人が居た事を報告する器量もない話でもある。

  3. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    ※2
    宍耳からしたら手柄を譲られたと思ったんじゃない?
    なんでだろう、と思いながら譲られたならちゃんと譲り受けないと、
    当時の武士の気性だとそれだけで喧嘩になる可能性があるし。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    この馬場さんは実職のことだろね
    朝鮮征伐では他にも武功あげてるようだし、実際に功を譲ったんじゃないかな

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