上杉謙信「我が国の武徳も衰えたものだ!」

2016年01月19日 18:18

991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/19(火) 09:41:28.27 ID:sbbHpyFn
上杉輝虎が、石坂検校に平家物語を語らせこれを聞いていた時、鵺の段にてしきりと落涙した。

側に居た者達が不思議に思うと、輝虎はこのように言った

「我が国の武徳も衰えたものだ!
昔、鳥羽院の時代、禁中に妖怪があったが、八幡太郎義家が弦を鳴らして『鎮守府将軍源義家!』と
名乗っただけで、妖怪はたちまち消えたという。
その後源頼政は、鵺を射てもなお死なず、伊野隼人が刺し殺して止めを刺したと聞く。

義家が鳴弦したのは天仁元年のことだ。鵺の出たのは近衛院の仁平3年であるから、この間
僅か46年だというのに、武徳は既にこれほどまでに落ちている。

現在は頼政の時代から450年。私自身も頼政の武徳からはるか遠く劣っておる。なので、思わず涙を
流したのだ。」

(常山紀談)



992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/19(火) 11:15:01.83 ID:lo0+gfwY
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6549.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5189.html
一応既出、出典が違うけど

スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この時代、八幡太郎の武名と比べられるのは、源頼光と四天王ぐらい。
    日本史上でも、個人的な武力において比肩できる存在はほぼいない。

    けど、まさか泣いた本人がその後、似たような座につくとは夢にも思うまい。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    武名だか武徳だか知らないが怪異の類は人の声を一番恐れるというが…

    鵺の時はたまたま無言だったんじゃないか?

  3. 山崎山城守 | URL | -

    ???「すごくよくわかる…
    俺にも名乗りだけで相手を退かせる武勇があれば、関所に火をかけずに済んだのに…
    嘆かわしい…」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    アンタの場合は名乗りだけで逃げ出すレベルの相手でもわざわざ流血沙汰に持ち込むんだろう 

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9747-c2dd7f70
この記事へのトラックバック