了意和尚の話されることには、

2016年01月25日 15:16

222 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/24(日) 17:02:55.34 ID:glXQjhzz
了意和尚の話されることには、

「最近の僧侶は消極的で自分の目先のことだけ守っている。
自分のことを守るのみがなすべき仕事だと思い込み、腐り果てている。
役に立たない。逃げ尻の腰抜けというしかない。
私はもう歳を取ったが、どこぞからお呼びがかかればすぐにでも駆け出す覚悟でいる。
金沢の大乗寺を隠居してから、関東にくだり三つの寺を駆け巡り、
性根を据えて、どうにか少しばかり落ち着きたいと思っていたけれども、
雑用ばかりで心のままにならず、残念なことではある。
昔の侍は、布団の上で死ぬことを無念に思い、戦いの場で死にたいとのみ願いを込めたものだ。
僧侶もこの心を持たなければ、道を成し遂げることは出来ぬ。
人の間を避けて引きこもりたがるのは腰抜けである。
引きこもってなにか善いことをするかと思えば欲心ばかりである。
仮に引きこもって善いことをしても、それでは世に影響を与えて、道なき道を拓くことなど出来はしない。」

とのことである 【葉隠】



226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/01/24(日) 23:41:09.64 ID:1wGSzzmV
了意和尚(1612-1691)
島原の乱(1637年)までと長くみつもっても、戦国時代の人物とみなすのは無理がないか
葉隠の中でも戦国時代の人物についての話を選んだほうが反感を買わないと思う
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