氏政公が飯へ汁を二度かけて

2016年02月23日 17:32

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/02/22(月) 22:17:26.49 ID:pY+DLWFU
 北条三代目の氏康公は御子の氏政公と御昼食の時、氏政公が飯へ汁を二度かけて召し上げられたのを氏康公はご覧名さなれ、
 「後に関八州は氏政が世で亡ぶだろう。わずか飯椀の中に汁を入れるということさえ、一度だけで行う加減がわかっていない。
そのようなひととなりではどうやって八ヶ国の人々の目利きをすることができようか」
と御落涙したという。
 その言葉の通り氏政公の御代で滅びました。厳密にいうと氏政公は滅びなさったときは御隠居で、氏政公の御子氏直公の御代で亡びましたということだが、
彼はひどいうつけ者であり、氏政公はその愚昧の氏直公へ御相続させられましたことから、汁かけ飯での氏康公のお目利きは神のごとしだと思われます。

 冷泉家は北条執権のころ無二の懇情でしたが、その後君の御憎しみがつよく遠流となられ、
程経て帰洛の後に、家の掟で武家と縁組等を無くし、今でもその通りであります。
先代の掟をこのように守りなされることは甚だ感心します。
 その他の公家方は時節につれてなされたように思われます。
心ある堂上方はこのことを恥と申されたという。清貧と申す事はとかくならぬ事と思われます。
(本阿弥行状記)



216 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/02/22(月) 22:27:17.81 ID:+ttG42F8
本阿弥光悦の時にこの話が広まっていたとは驚き

217 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/02/23(火) 01:45:53.87 ID:nRXKJORI
氏政暗愚説っていうか、まぁ時流を読み間違えたのはそうなんだろけど

だからって汁かけ飯ごときで暗愚判定されるとは、氏政も草葉の蔭で泣いてるんじゃないかな…
もうちょっとこう…あるだろ

219 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/02/23(火) 16:51:20.67 ID:drP4ghCp
2度目に薬味も入れとけばこうもこき下ろされずに済んだハズ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    本阿弥行状記って本阿弥光悦じゃなくて孫の本阿弥光甫じゃなかったっけ?
    まあそれでも17世紀中盤くらいまでには広まっていたってことだろうけど…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    汁かけ飯で大事なのは美味しくいただき飯粒を綺麗にさらうこと。
    過程や方法などry

  3. 人間七七四年 | URL | -

    コレ色んな説(解釈)あるんだよな。
    俺が「なるほど」って納得したのがコレ↓
    『ご飯に汁をかける行為自体、下品でみっともない行為。
    だからこそ、ソレをするなら一度でバシッと決めなければいけないのに、ソレを見謝った挙げ句に、恥じもせず汁を二度かけした。
    つまり一発勝負の重要な場面でも、ソレに気付かずにハッキリ決断が出来ず、様子見に小出しするような選択をして大失敗するだろう』
    って解釈。単に「技量が無い、見通しが甘い」って意味ではないって事らしい。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    なんだろなこれ
    この流れだと目利きした上で氏政に継がせた氏康が一番ダメな人じゃないか?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    氏政時代に北条家は最も領地広げたのにこの酷い言われよう

  6. 人間七七四年 | URL | -

    まあねえ、一時期とはいえ天下様に負けちゃったから。
    酷い言われようになるわ。

  7. 人間七七四年 | URL | OARS9n6I

    ※3
    自分が納得したのは、
    「当時は、ご飯に汁をかけるのは、これで食事が終わりだという意味なのに、それさえ加減できずにまた汁をかけたから」
    という説です

    あと、ご飯に汁を複数回かけるのは上記の意味でNGだけど、汁にご飯は何度入れてもOKだった(なので飯を汁椀に入れろ)と聞いたこともあるのですが、これはうろ覚えなのでにあてにならない

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※3の紹介してくれた解釈は

    宣教師ロドリーゲスの「日本教会史」の31章や
    伊勢貞頼の「宗五大草紙」の記述から
    当時御飯に汁をかけて残さず食べるのは下品どころか作法の一種だった

    って主旨の文章がある
    金子拓先生(東京大学史料編纂所准教授)の「おもてなしの戦国史2」という雑誌の記事
    (『なごみ』 2016年2月号 58~63p 淡交社)を読む限り
    戦国時代当時の作法的にはそぐわない解釈みたいやね。

    ただ話としての筋は通ってるから後代の人がそういう理屈で逸話を作った可能性は有りそう。

  9. ※8 | URL | -

    そしてその記事では※7の言うように
    「汁を掛けるのは食事の終了時」とロドリーゲスは記している
    なので多分※7の紹介した解釈の方が合ってると思う

  10. 人間七七四年 | URL | -

    汁を多めにかけるというのは、普段より声をあげて下知を下したり、長丁場の主命を行おうという時に備えていたんじゃないのかなと思ってた。
    氏康からしては、そういう心構えが染み付いてもらっては困ると思ってわざと仰々しく落涙したのではないかと。
    多分、氏康存命の内に働いている時には有能に見られていたのでは…。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    氏康さん雲の上でよく頑張ったって労ってくれてんじゃないかなぁ

  12. 人間七七四年 | URL | -

    こんなんで関八州が滅ぶなら伊達家は何度滅べばいいんだ

  13. 人間七七四年 | URL | paD8j7Yc

    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-8230.html

    この宴で冒頭から汁かけ飯が出されていることから考えると、「汁をかけるのは食事の終了時」というのは実は絶対的なルールというわけでもなかったりして。
    まあ家や地域によるのかもしれないし、この場合はそういう演出だった可能性も考えられるけど。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    真田丸の第一話に、飯に何度も汁を掛けてた氏政のシーンがあってワロタwww

  15. 人間七七四年 | URL | -

    そんなことで滅ぶなら、「鰻のひつまぶし」のある愛知の殿様、信長、秀吉、家康は、どうなるのさ。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    地元小田原が開き直って、観光地用の料理に使ったりしないかな。

  17. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    “小田原名物「二度汁かけ飯」の店”、おれ開いたらお前ら来てくれよな。

  18. 人間七七四年 | URL | -

    なんとなく汁かけ飯は、禅宗の坊さんの作法が原型のような気がする。
    食事が終わった後、お湯を器に注いで、たくわんで、器をすすぐというか、ぬぐって、最終的に、そのお湯を飲むというのがある。
    水も無駄にしないため。
    汁かけ飯も、器についた米を全部すすぐという行為だから、これが元になっているんじゃないかと思う。

  19. 人間七七四年 | URL | -

    ※17
    予約した

  20. 人間七七四年 | URL | -

    おかわり自由

  21. 人間七七四年 | URL | -

    つまりさ、飯の器側に汁を掛けるから量がどうのと問題なのさ。
    汁の器に飯を入れれば、問題は解決さ(違っ

  22. 人間七七四年 | URL | -

    これ創作の可能性高いんだろ?
    いくら滅ぼされたからって、不当な評価だと思うんだが。
    初代は永らく素浪人にされてたし。

  23. 人間七七四 | URL | -

    最初から雑炊にすれば解決(キリッ)

  24. 人間七七四年 | URL | -

    空気加藤「いっそ米とか麦でなく、砂を食べるようにすれば良いんじゃね?」
    石田三成「貴殿は何を言っているんだ」

  25. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    当時の創作にしても、少なくとも江戸時代初期には既に現在のような形で伝わっていたというのは興味深い

  26. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    当時の家督相続って権力闘争の側面があるから、どうしても先代の重臣たちから
    一度はdisられる運命にあるんじゃないの?んで嫡男が大成した場合には、
    そうした評判だったけれども実際には、って逸話として残って、失政したら
    跡を継ぐ前から暗愚と言われていた、というのが残るんじゃないかと思う。

    あ、跡を継いでもdisられてるNGMSは別枠な。

  27. 人間七七四年 | URL | -

    この汁かけ飯は普通に炊いたご飯に汁をかける訳じゃ無くて
    戦陣でよくある干飯に汁を掛けるものなので禅宗の作法は無関係だと思う

  28. 人間七七四年 | URL | -

    ※17
    汁納品はまかせろ

  29. 人間七七四年 | URL | -

    氏政「かの梶原景時も二度かけたではありませんか」ドヤァ
    氏康「そうだな、だから滅びたのかもな」

  30. 人間七七四年 | URL | -

    >27

    これ、汁かけ飯って、干飯じゃなくて、芳飯じゃないかねえ。
    芳飯は、室町時代ころから上流階級で用いられた飯で、元は坊さんのごはんだった。
    春日局が好んでいたそうで、寛永20年に出された料理物語という本の中に出てくる。
    大名がくってるわけだし、別に陣中という設定はなかったから、芳飯のほうがしっくりくる。

    江戸時代だと、味噌と水と鰹節を煮立てた汁をかけるそうな(戦国時代とかは味噌汁をかける)。

  31. 人間七七四年 | URL | -

    ※30さん

    芳飯って初めて知りました(早速検索してみました)。
    とても勉強になりました。
    小田原は海も山もあるから、北条氏は良いものを食べてたんですね。

  32. 人間七七四年 | URL | -

    氏康パパに送る名言を一つ。

    「モノを食べるときはね 誰にも邪魔されず自由で なんというか救われてなきゃあ」

  33. ゆとりある名無し | URL | -

    ※15
    ひつまぶしを考案したとされる名古屋の某店は明治開業なのでたぶん関係ない

  34. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    椀に汁を2度3度とかけるのは店員の勧めでよくやる
    都度、ご飯は変わるし薬味も加わるが

  35. 人間七七四年 | URL | -

    ※30
    あのテンプレ逸話は戦陣バージョンもあるからね。

    あと大名の通常の食事って事になると、そもそも北条父子がいっしょに
    食事をするのかという問題になるんじゃないでしょうか

  36. 人間七七四年 | URL | -

    ※35
    そこまで突っ込みいれたら流石に野暮ってもんでしょう
    逸話じゃなくなってしまいますよ

  37. 人間七七四年 | URL | -

        /`       三ミー ヘ、_
      ゝ' ;; ,, , ,,     ミミ  , il ゙Z,
      _〉,..    ////, ,彡ffッィ彡从j彡
      〉,ィiiif , ,, 'ノ川jノ川; :.`フ公)了
     \.:.:.:i=珍/二''=く、 !ノ一ヾ゙;.;.;)
      く:.:.:.:lムjイ  rfモテ〉゙} ijィtケ 1イ'´
       〕:.:.|,Y!:!、   ニ '、 ; |`ニ イj'  逆に考えるんだ
       {:.:.:j {: :} `   、_{__}  /ノ
        〉イ 、゙!   ,ィ__三ー、 j′  氏政の欠点はこれくらいしかなかった
      ,{ \ ミ \  ゝ' ェェ' `' /
    -‐' \ \ ヽ\  彡 イ-、    と考えるんだ

    他の戦国ヒャッハァーな連中に比べたら、完璧超人じゃないか。
     
     
    まあ、たんなる言いがかりだろうねえ二度汁の話。
    っていうか、汁の量だけで家が滅んだとか言うなら、ウンコ漏らしたタヌキだとかはどんなひどい死に方をするんだろ。

  38. 人間七七四年 | URL | -

    氏政「汁はな、食べる分だけ、何度でも掛けるのじゃ。それがわしの食べ方ぞ」@真田丸

  39. 人間七七四年 | URL | -

    三谷幸喜め、ワシの解釈を盗みおったな()

    しかしこんなエキセントリックなキャラづけされてる氏政も珍しい...珍しくない?

  40. 人間七七四年 | URL | -

    これ氏政に負けた奴等への侮辱にもなってるよなぁ

  41. 人間七七四年 | URL | -

    ※32
    「救われてるだの自由だの、はいいだろ。作法が大事。」

  42. 人間七七四年 | URL | -

    ※41
    ネタも分からないの?

  43. しの | URL | -

    これ創作だよ

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