週間ブログ拍手ランキング【02/18~/24】

2016年02月24日 15:44

02/18~/24のブログ拍手ランキングです!



島津義弘と道案内役 49

馬上で火縄銃を持つのは 18

エムベロルの覚え目出度からんためには 17
英林塚の鳴動 13
死せるエムベロルの妻の弟なる柴田殿 13

この時、松田の末子左馬助は 10
水野忠胤の悲劇 10
氏政公が飯へ汁を二度かけて 9

西美濃三人衆の寝返り 8
青磁香炉『大千鳥、小千鳥』 7
御近習の某、ある時茶宇の袴を着ていたのを 6


今週の1位はこちら!島津義弘と道案内役です!
関ヶ原撤退の恩人、というべきか、被害者というべきかwそんな文右衛門さん、もしくは又右衛門さんと
島津義弘殿お話です!あの撤退は、決して愉快な思い出ではないのでしょうが、その時の同行者を、こうして歓待するというのも、
島津義弘らしさを感じさせますね。またこの文右衛門さんが何者かわからないというのも、このお話をさらに良い話にしているように
思います。
身分は違えど同じく激しい歴史を生き抜いた人たちの、温かみを感じる逸話だなと感じました。

2位はこちら!馬上で火縄銃を持つのはです!
加藤清正と馬上鉄砲のお話。現実的に鉄砲騎馬の運用を普通に考えれば、集団として使うなら、ヨーロッパのピストル騎兵のように、
機動力を利用して敵の側面なり後方なりに回って一撃して逃げる、という活用だったのでしょう。
まあ日本の場合は、源平時代には騎馬弓兵が馬上で弓による一騎打ちをしていたような国なので、そっちの伝統を模した
可能性もありますがw
そういえば秀吉の朝鮮出兵の時の明側の記録では、馬上から鉄砲を撃ってくる日本兵の記録もあるそうです。
このあたり加藤清正と直に関係のある話でも有り、色々と想像が膨らみます。

今週管理人が気になった逸話はこちら!氏政公が飯へ汁を二度かけてです!
「本阿弥行状記」は本阿弥光悦の養子の息子、すなわち孫にあたる本阿弥光甫によって編纂された書物です。
ちなみに光甫の号は空中斎。彼の得意とした信楽焼は「空中信楽」と呼ばれています。ちょっと面白い語感ですねw
そんな「本阿弥行状記」にも掲載されたこの北条氏政の二度かけ飯の逸話ですが、これと似たような話は毛利輝元にもあり、
どうも当時、暗愚とされる人を表すテンプレ逸話だったような感じがあります。もしかしたら「あいつは汁を二度かけるような者だ」
という定型文があったのかもしれませんね。
そういえば北条滅亡の時の逸話として有名な「小田原評定」も、実はその前に、朝倉氏が滅ぶ時、何度も会議したが結論が
出なかったということで「義景相談」と呼んだ、なんて話があります
義景相談・悪い話
北条家の滅亡に際し、この話も紛れ込んだんじゃないかな、なんて思うことも有ります。そんなことを色々考えた逸話でした。



今週もたくさんの拍手を、各逸話に頂きました。いつもありがとうございます!
また気に入った逸話が有りましたら、そこの拍手ボタンを押してみてください!
( ´ ▽ ` )

今読んでいる本

琉球王国と戦国大名
島津侵入までの半世紀


戦国~近世初期、島津の琉球侵攻までの日本と琉球の関係史。琉球、および薩摩島津氏の時代史、また西国戦国史としても
読み応えがあります。
この手の本にありがちな、どれか一方の立場に立ったものではなく、全ての関係勢力から適度な距離をとる立ち位置の
バランス感覚が非常に素晴らしい。
この時代のこの地域だけでなく、日本史、あるいは東アジア史全体を考えるうえで非常に参考にもなる、良著です。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    馬上で鉄砲を撃つ日本兵の記録、良ければ何に書いてあったか教えていただけませんか?

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