銭轡 はめられたるか右馬助

2016年03月02日 19:25

407 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/02(水) 18:06:45.15 ID:qjSQcFqM
織田信長の時代のこと。

ある時堂上の人と、上北面の侍との間に、事の仔細あって諍論があり、
彼らは佐久間右衛門尉(信盛)と村井長門守(貞勝)にその勝敗の決断を請うたが、
「我ら裁断に及び難し」と、織田信長に伺いを立てた。

信長は双方の主張を仔細に聞き、「さらに衆議し、評定した上で結論するように」との旨を
仰せ出しになり、佐久間・村井の両人、これを承り、理の明らかなる人々呼び集めて
それぞれ評議した結果、堂上の人に道理があるとの結論に至った。

この事に北面の侍は強く憤り、織田右馬助という人の元に行き、言を巧みにし非を飾り、種々頼むよし
申し上げると、織田右馬助殿という人は大変心が浅く、体格もよく頼もしげに見える人物であったので、
是非も考えず信長に対し再三この事を取り申した。

信長は、『いつも物事に雑な人物だが、老いたるを敬うのも礼儀というものだ』と思い
「先ず帰宿されよ。追って返答する」と言って座敷を立った。そして

「このような僻事を重ねて聞かされるのも、私の不明のためだ」と、政道の正しからんことを
嘆いたが、『理に従う時は幸いなり、欲に従う時は危うし』という言葉を思い出し

 銭轡 はめられたるか右馬助 人畜生とこれをいふらめ

そう一首、狂歌を認め右馬助へと送った。
右馬助はその後より次第に御前遠くなったが、彼はその後、この轡の狂歌を思うたびに悔しく思い、
ずっと強く恥じていたため、やがて何が理由ということもなく衰病して、ついに儚くなったという。

(甫庵信長記)



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    北面の侍=朝廷に仕える侍

  2. 人間七七四年 | URL | -

    何を悔しく思い、と考えたが…単純に信長への怨嗟だろうと予想

    心浅く体格がいい=よほどの例外(がこの逸話スレには多すぎるが)でない限り”何の変哲もない蛮勇”なのだろう
    狂歌を詠み解いて己の不明を恥じるとはとても思えん

  3. 人間七七四年 | URL | -

    自分の築いてきた信頼関係を事情に疎いばかりに失ってしまったのは(信長の対応に)悔しく思ってもしょうがない気がするなぁ。
    武勇だけでは地位や名誉を守れない、我欲を持つと足を掬われる武家社会の怖さを示す逸話だと思う。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    本多某「ほうほう、して、右馬助殿のお名前は何と垂ウれるのですか?」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    マヌケがバカだとは限らないというか。
    まあどっちがどっちかはわからんがw

    普通にノせられてやらかしたことを恥じてたんじゃないのかね。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    「銭轡 はめられたる」という表現からすると、
    「金に惑わされて、言うべきことを言わなかった」と言いたいように見えるんだが、
    このシチュエーションとはちょっと違うような。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    それは猿轡
    この場合は馬の轡で
    ホイホイと乗せられてよく考えもせず
    信長に言いに来たことを指してるんじゃないかな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    本人が本気で猿轡と勘違いしてたらもう1ネタ生まれたのだろうが

  9. 人間七七四年 | URL | -

    信盛さんの輝いてた頃

  10. 人間七七四年 | URL | -

    尻の穴 はめられたるか上総介(痔余り)

  11. 人間七七四年 | URL | -

    甫庵に任せとくとなにやら信長がとんでもない名君になってしまうな

  12. 人間七七四年 | URL | -

    君子ではないが名君ではあるやろ

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