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このような肴を以って酒宴に及ぶ事ができた。誠に大慶

2016年03月06日 11:41

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 00:31:56.39 ID:wMKdL7YO
天正元年の12月下旬頃より、織田信長配下の大名小名は遠近を限らず一人残らず岐阜に集まり、
正月元旦の出仕のための準備をした。

そして元旦、儀式厳重にして信長も打ち祝い、酒も出て既に三献に及ぶ時、

「珍しき肴が有る。今一献あるべき」

そう言って黒漆の箱を出してきた。人々、何であろうかと怪しみ見るところ、
柴田勝家が呑んでいる時、自ら箱を開けると、そこには金箔で覆った頸3つがあった。
それぞれには札が付けられており、朝倉左京大夫義景、浅井下野守、子息備前守長政、
彼ら3人の頸であった。

万座の人々これを見て大いに喜んだ
「この御肴にては、下戸も上戸もおしなべてただ食べよ!」
そう言うがまま各々歌い舞い、酒宴はしばらく止むことはなかった。

信長は言った
「皆々がいずれも数年苦労をいたし、勲功重畳するによって、このような肴を以って酒宴に及ぶ
事ができた。誠に大慶、これに過ぎたことはない。」

そうして刀脇差しなど数多出して下された。

(甫庵信長記)

有名な逸話ですが、ドラマなんかじゃ信長の行為に家臣たちドン引き、ってパターンが多いのに、
こちらでは信長のサプライズ披露に一同大盛り上がりで大フィーバーなのですね。



416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 06:31:32.92 ID:S+0nU0Jf
>>415
まぁ、敵の髑髏みてビビる様じゃ、戦国武将やってられないでしょうけど

…最大の問題は、小瀬甫庵が今で言う山田風太郎って事なんですよねぇ…

桶狭間の奇襲も、長篠の三段撃ちも、橋の下の秀吉も、話の出所はみーんな小瀬甫庵…

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 08:14:43.45 ID:9f1O8Ufp
正月祝いのドクロについては、信長公記でも一座は沸いたとあって
「ドン引きした」なんてのはそれこそ戦後の小説の類からなんだよなあ

418 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 09:15:24.03 ID:llBUOtPS
当時の庶民だって、晒し首を見るのは娯楽の一つだったんでしょ。

419 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 14:18:45.51 ID:M2FNLIul
滝川一益が諫言した逸話もあるでお

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 14:19:29.42 ID:3rdYTjdp
佐々成政な

421 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 15:19:51.03 ID:ndK+URkg
まぁウソなんですけどね

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 16:06:10.63 ID:Od0Q5EBR
これか。佐々成政、信長への諫言・いい話 
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2132.html

423 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 16:30:50.14 ID:1HlgnIZB
>>418
今より死体見る機会多かったからそんなでもなかったのかもね
裁判傍聴するような感じかね

424 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 17:47:53.08 ID:ogl0BerH
節なら首実検で慣れてるだろうし、髑髏なら腐乱生首よりマシだしいいかーって感じじゃね?

425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 18:59:08.59 ID:XNriMdrd
ああ、武士か。何かと思った。

426 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/06(日) 21:51:32.57 ID:+PZ9S6Yh
戦国時代の武士なんて道端に死体が転がってたら
とりあえず試し切りする連中だぞ
鎌倉時代の武士よりは優しいけど、現代人よりはずっと鬼畜だよ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    現代だと新年会でライバル社の営業実績と自社のを比べて悦に入る感じかな

    だめだ、お通夜ムードになりそう

  2. 人間七七四年 | URL | -

    長可はこの場にいたのかな?
    父兄戦死してるだけに超絶歓喜しそうだが

  3. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    薄濃も敬意を表しているって言うし、去年は強い敵を倒したぞ!よくやった!って
    労ってるような感じなのかね?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    まるで首狩り族のようだ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    首狩り族なんです

  6. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    文字通り首狩ってたからなw

  7. 人間七七四年 | URL | -

    この中で誰が一番の首狩り名人か・・・
    考えたくないな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    信長や秀吉の書状は"刎首"が乱発されてて結構怖い

  9. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ取ってきた首を綺麗にするのが武士の嫁の仕事の一つだからね。
    年がら年中アチコチで戦が続いて飢饉もあるから、人の死が珍しくないですからね。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ねねさんとおまつさんが首の話で盛り上がっているシーンが浮んだ。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    この話だと、髑髏ではなくて肉のついている首なのですね。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    秀次一族の処刑が余りに凄惨で見物に来た市民が逃げてしまった ってわざわざ書いているくらいだからね
    公家はともかく上から下まで死というのに(今と比較すると)鈍感だったろうね

  13. 人間七七四年 | URL | -

    戦国時代どころか100年もしないつい最近まで死体は見慣れたものだったんだよなあ
    日露戦争なんて日本兵の死体で大きな穴が埋まるくらいになってる上でロシア兵が笑顔で記念撮影してるし
    敗戦時はそこらじゅうに焼死体が溢れてたし

  14. 人間七七四年 | URL | -

    董卓「酒が進むぞよ」

  15. 人間七七四年 | URL | -

    同時代の欧州では仇敵の遺体を薬液で保存したり、牢獄(だいたい食卓や寝室の隣にある)に閉じこめて、恨み言や命乞いをするのを聞いてニヤニヤする例があった。世界史的には信長はとくに異常でもない。皆、過剰な闘争心の現れだな。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    リアルで髑髏杯作っちゃう水戸光圀公マジ男前

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    全然状況違う事を並べる必要性あるのか?

  18. 人間七七四年 | URL | -

    米兵「オ ナイスデザイン」

  19. 人間七七四年 | URL | -

    処刑が娯楽なのは、ヨーロッパも同じだ。
    というか、桟敷ではハッカ水を売る売り子がおり、処刑されるものの経歴とか(内容はわりとウソ)がゴシップ紙的に売られていた。

    フランスで公開処刑が禁止されたのは、1939年。それまでずっとこんなのり。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    創作ではあるだろうが
    甫庵の価値観からしても、特に異常なことではないということが窺えるのは興味深い

  21. 人間七七四年 | URL | -

    「首を綺麗に魅せる化粧法」なんて雑誌が売ってたら・・・イヤだ( TДT)

  22. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    第二次世界大戦はともかく、日露戦争は100年以上前になりましたよ。
    もうすく第一次世界大戦も仲間入りするでしょう。

  23. 人間七七四年 | URL | -

    戦国とは違うが、WW1は色々な意味で恐ろしい。
    日露戦争なんてまだ可愛い方だ。

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