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一休和尚は御臨終の時、並びに本阿弥行状記の筆者は誰であるのか

2016年03月11日 13:46

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/10(木) 21:30:55.87 ID:l/ankN4B
一休和尚は御臨終の時、「しにとうない」と弟子に仰られたことは
とても珍しいことで、一休でなかったらこのような事は仰ることができないだろう。
それゆえ今の代までも尊ばれているのだ。
この意味は筆紙の及ぶところではない。
(本阿弥行状記)

>>371-374 >>376
本阿弥行状記の筆者は誰であるのかというのと、成立年代について少し述べたいと思います。
本阿弥行状記というのは、大きく分けて上巻と中・下巻の二つに分類できます。

上巻は一~六十四段で構成されていて、

一~十四段:光悦と妙秀の逸話
十五~五十段:松平信綱が上京した時に、信綱と板倉重宗に光悦が意見した内容を書き上げたもの
五十一~六十四段:鷹峯と本阿弥家の逸話

に分けられます。五十段では「家父光悦」と書かれているので光悦の子の光瑳が五十段目まで担当し、
五十五段では「親光瑳」との記述があるので、五十一段からは光悦の孫で光瑳の子の光甫が担当したと読み取れます。
そして、光甫が上巻を編纂した考えられます。

中・下巻は上巻の附録として六十五段~三百八十段あり、光悦と光甫の二人が書き残した反故紙から取り出した逸話と
編集者の聞いた話を混雑校合せずに列挙したものだとの説明があります。
では編集者は誰なのかというと、三百三段に「堀田公老中、酒井雅樂公御大老の砌」に「祖父の被申は」とあるので、
酒井忠清が大老で堀田正俊が老中であった延宝七、八年の時には当主光甫であったので、
彼の孫で本阿弥家当主を務めた光春だと推測できます。

いつ頃中・下巻が成立したのかというと、
一番新しい逸話としては二百四十九段と三百四段に吉宗の諡号の「有徳院」の名がみえるものが挙げられますので、
宝暦元年閏六月二十九日に吉宗に諡号が授けられた後ということになります。
つまり、今までちょっといい話・悪い話に投下した本阿弥行状記出典のもので本阿弥家と光悦の意見に該当しない、
戦国武将の逸話等の作者は戦国期の光悦でも江戸前期の光甫でもなく、吉宗の時代の光春の可能性がある、
いや、かなり高いと思われます。

それは、光甫の編纂したので江戸前期のものと思われる上巻も所々おかしな記述が見受けられるからです。
石川五右衛門の名が堂々と出てきたり、寛永二年を秀忠の代としていたり(秀忠は生きているが家光に譲っている)します。
また、家綱の諡号「厳有院」の名がでてくるので延宝八年以降に光甫は編纂したことになるのですが
光甫はその二年後の天和二年に八十二歳で亡くなるので行状記は八十歳でまとめたという計算になります。
加えて、もう延宝七年には鷹峯を返上してるのにまだ住んでいるという記述があったりして事実と矛盾があります。

そして本阿弥行状記の大きな問題点として、原本が現存していないということがあげられます。
今残っている写本は数種類ありますがそのどれもが同一系類で、奥付の由来が途中まで一緒なのです。
そしてその写本の最初は宝暦元年初冬に佐々木高豊という人によるものなのですが、その写本も失われており、
現存の写本は天保以降に写した写本の写本の...となっています。

先の上巻の誤りは写していく過程で生じたものかもしれないとの指摘があると思いますが、
刊本されない家伝書だからといって、宝暦頃まで写本が一つもない、現在も一つの系統しかない、というのはおかしな話です。
いちおう大田南畝が『仮名世説』の中で本阿弥行状記の妙秀の話を書いています。
『仮名世説』が刊行された文政八年には存在したことになりますが、
それ以外に江戸期にこの行状記の内容に言及したものは寡聞にして知りません。
上巻の光悦の意見の箇条書きは、家康も見たと行状記の中に書かれていますが、
そんな記録はどこにもありません。

なので、この本阿弥行状記は大体吉宗の頃に当時の本阿弥家が一から書き上げた書で、光悦でも光甫も書いてない
と言われても反論の仕様が無いのですね。
実際のところは、光悦や妙秀の元となった逸話自体はあってそれを膨らませていったのだと思いますが、
とりあえず、本阿弥行状記の作者を光悦や光甫と考えるのは少し危険かもしれませんね。



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ほんまにこうえっ、てなるような話ばかりやでしかし。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉「とりあえず※1はさらし首」
    まぁ成立した年代の世相を反映しちゃうのは落とし穴だよね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    光悦だと筆跡でバレるな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    写本で筆跡とな?
    揚げ足はともかく、江戸期って書物の類はたくさん残ってるだけに
    こういったややこしい経緯で成立した書物があるから大変だ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    宗純和尚「気にしない、気にしない。一休み、一休み。」
    華叟禅師「こら・・・ww」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    光悦さん、今まで「光悦って人、なんで上から目線なの」って叩いてごめんなさい。


    あれ?ってことは、本阿弥家は、代々「上から物言い」の妙秀さんの血が代々受け継がれてたの?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    なるほど
    投稿者もなかなか整理のできない方だったか(察し)

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