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徳川家康「言わぬほうがマシだ。」

2016年03月12日 14:18

297 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/11(金) 19:00:42.70 ID:cGLcVCWY
天正19年、愛息鶴松を失った豊臣秀吉は、10月19日、諸大名、奉行たちを尽く集め、
朝鮮への出兵を宣言した

「先ず朝鮮を征して、従えばこれに先登させて進むべし。従わずば尽く攻め平らげ、
そのまま大明国に攻め入ろう。何の難しいこともない。各々、どう思うか!?」

諸大名は驚愕した。みな、秀吉は愛子を失い、嘆きのあまり狂気したのだと思い、
口を閉じて答える者はいなかった。
徳川家康は上座に居たが、彼はこう思っていた。我々は連年の軍旅に疲れ、去年に成ってようやく
一息ついたというのに、またもや兵を三韓に出せば、人民がどれだけ困窮するか言葉にもしがたい。

そして秀吉の言葉が聞こえなかったかのように、何も答えなかった。
秀吉は家康が答える様子がないのを見て、憤怒の表情になり、歯を食いしばり拳を握った。

その時、毛利輝元、前田利家、上杉景勝などが、その気色に恐れ口々にいった
「甚だ然るべき、誠に神功皇后以来の大事業です!武将と呼ばれるほどの人物の中で、兵威を
異朝に輝かせるのは、秀吉公にあらずして誰が及ぶでしょうか!」

このように阿ると、秀吉はたちまち喜びを表情に表し、すぐに九鬼嘉隆に命じて、伊勢の浦にて
巨大な艦船数百艘を作るよう命じた。その中で最も巨大なものは日本丸と号した。また中国四国九州の
諸大名は、秀吉の命に従い戦船を調え粮米を集め、兵を動員した。このように、当座の狂言とばかり
思われたものが、終に実際の出来事となり、大小名に至るまで興を覚ます思いをした。

こうして御前伺候の者たちが退出する中、浅野長政一人、見舞いと称して徳川家康の屋敷を訪ねた。
長政は聞いた

「今日の、秀吉公が韓朝を攻めるという話をどう思うか?」

「…名を末代に留めようとする者は、これを是とするだろうか?はっきり言えば、全く益のない企てである。
仮に三韓を攻めて日本に従わせたとしても、それから得られる利益はない。みな日本の費えになってしまう
だろう。
また、大明を日本の国力で従わせることが出来るとは思いもよらない。年月を経ても大明は雌伏するだろう。
10年も20年も戦えば、日本は兵力が尽きて、却って異国に奪われてしまう。
また大明を攻めてその兵を撤退させる時、大明の国王が、どうしてそれをそのまま置いておくだろうか?
彼らを見捨てることは出来ないのだから、撤退させるためにさらに軍を派遣しなければならない。
そうなれば日本の民はさらに疲弊し、亡国となるだろう。

あの時私は、秀吉公が怒ってその仔細を問うて来たなら、叶わぬまでも問答して押し止めようと思っていた。
ところが輝元たちが秀吉公に阿って非を是とした。忠臣の法ではないよ。
秀吉公は愛子に別れ、狂してああいう心が出たのだろうが、3年5年も過ぎずに後悔するだろう。
去年、北条が滅んでようやく静謐と成ったのに、今また朝鮮への企てを成す。是非を論ずるまでもない。

おおよそ、天下の主は万民の父母である。天下は一人の天下ではない。それなのに我意にまかせ名利を
貪り、民を苦しめる。本人は果報によって安穏に居られるかもしれないが、子孫は覚束ないだろう。
惜しいかな、秀吉公は、士を恵み民を慈しめば武運長久であるのに。」

長政はこれを聞くと言った「願わくば、秀吉公を諭していただけないだろうか?」

しかし家康
「皆が一同揃って然るべからずと諌めれば、もしかすれば説得することも出来ただろう。
だが、私一人が何度言っても、承服するような性格ではないだろう?
曲がった言葉を出す者は、また人の言葉も曲げて入るという。言わぬほうがマシだ。」

これに長政も「その通りだ」と答え、夜になって帰っていった。

(伊逹秘鑑)



298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/03/11(金) 19:10:28.83 ID:IF10bqjj
>>297
家康が反対しても潰されるだけだろうしなぁ…。
五大老全員反対してれば秀吉も内乱で負けると思って止めるかも?

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも家康は
    唐入りに実際関わったわけでもないから
    後でどうとでも言える立場だな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    賛同してたとしても景勝がすすんで口を出す人間だろうか。利家はまぁわかるが笑

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    というか、前田上杉毛利→家康にやり込められた連中→猿のお追従係
    という非常に判りやすいキャラ付けではある

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※3

    あ、なるほど確かに。浅知恵披露して申し訳ない。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    メチャクチャ嫌なんだけど怖すぎてどうしても嫌だと言えない内野家康。
    後から「どうせハシゴを外されるんだったら言わんほうがましじゃ」と愚痴る内野家康。
    これには佐渡守も苦笑い。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    田沼時代に成立したネタ文書にマジツッコミ入れるってどうなん?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    景勝「…。」(秀吉公に賛成の意)

  8. 人間七七四年 | URL | -

    この時点の大名達が亡国だの何だのって視点を持ってるとは思えないよなぁ。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    忠臣を語るんだったら家康一人でも諫言しないとねえw

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >3年5年も過ぎずに後悔するだろう

    そりゃそうだ。その場の諸侯も民もみんな分かってる。あれだけ盛んな万年おサルさんが5年で次の子が出来ないわけがない(その後が色々心配だが)

  11. 人間七七四年 | URL | -

    こうしてみると五大老・五奉行制は秀吉トップの時しか機能しない制度だと思う。
    選出された面子がほぼ秀吉に追従するわけだから意見もへったくれもなく決まるだろうから、秀頼政権なんて容易に機能するはずなかっただろうね。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉が天下取ったあとは怯えて媚びへつらう腰抜けの奴隷しかいなくなってたんだな

  13. 人間七七四年 | URL | -

    藤堂高虎がいち早く家康へ接近したのは予てから、他の諸侯は後漢末の劉表のように領地を守ることで精一杯だが、家康は北宋の趙匡胤の様な人物だからと述べてるな。
    それくらい意識や実力が五大老の中でも乖離してたのだろうか

  14. 人間七七四年 | URL | -

    記事と関係ないコメントで、申し訳ありません。
    詐欺で逮捕された脇坂英理子って女医は、槍ヶ岳七本槍の一人「脇坂安治」の子孫で、お祖父さんの代まで城に住んでたらしいです。秀吉ネタなんで、こちらに投稿させて頂きました。大変、失礼しました。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    米13
    趙匡胤は他の太祖に比べれば人格者と言われているから
    家康に例えるのも意味深ですね

  16. ※9 | URL | -

    家康の家格の高さは秀吉義弟というポジションが生んだものだろうが
    高虎をひきつけたのは、どういう要素だったんだろうなぁ

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※13
    どうなんだろ? とりあえず天正十九年だと、
    五大老みたいなポジションも存在してなかったし
    秀長がいなくなって、ナンバー2は秀次って感じだったと思うんだが
    まあそのあたりは※6だしイメージなんだろうが

  18. 人間七七四年 | URL | -

    米14
    本当にまったく関係なく書き込むのも躊躇しちゃうんだけど、このまま間違いが残されるのも嫌なので反論
    龍野藩脇坂家16代当主の脇坂安知氏(58)が、経営する会社のホームページを通じて「脇坂英理子容疑者と、弊社社長・脇坂とは一切関係ございません」と声明を発表した。
    (ttp://www.nikkansports.com/general/news/1614950.html)
    会社のURL
    (ttp://www.kk-jcc.co.jp/announce/#n216)
    3/10に公表されてるんだから、いたずらに未確認のことを書き込むのは止めよう?
    おっちゃんとの約束やで!

  19. 人間七七四年 | URL | -

    >>忠臣と言えばって事で
    ttps://www.youtube.com/watch?v=TdFwLV-EBQA

    滋賀県凄すぎるわw

  20. 人間七七四年 | URL | -

    ※18さん。
    ごめんなさい。逮捕された女医もツィッターで「脇坂安治の子孫」と呟いてたらしいし、ブログで「女医は脇坂安治の子孫」って書いてたのがあり、信じてしまいました。嘘だったんですね。ご迷惑お掛けしました。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    なんで忠臣の三成さんは秀吉を諫めなかったんですかねえ

  22. 人間七七四年 | URL | -

    やっぱ八幡になりたいだけだろ
    この逸話見て確信したわ

  23. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    意味深ってか、秀忠に将軍職を譲るまでは天下一の律儀者だし、単純にその通りの意味でしかないと思う。

  24. 人間七七四年 | URL | -

    ※21
    最早正気ではないということは理解してたんでしょ。
    後は孝行心からだったのか、自棄っぱちだったのか、
    家康がスムーズに天下とれるように、人柱なったかは知らんが。

  25. 人間七七四年 | URL | -

    ※21
    三成の諫言ひとつでラスボスが簡単に『秀吉』に戻るんなら、誰も苦労しなかったし悲しんだりしなかったと思うぞ…

  26. 人間七七四年 | URL | -

    個人的に三成の最大の功労は、ラスボス化した秀吉政権の行政を維持し続けた事だと思うのよ。

  27. 人間七七四年 | URL | -

    その場合は増田も褒めてあげてくだしあ<行政を維持

  28. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉が晩年にラスボス化したって俗説はどうにかならんのだろうか…

  29. 人間七七四年 | URL | -

    ならんでしょ
    傍目に見ても天正末とそれ以前で行動パターン乖離しとるし
    晩年が本性でそれまではひた隠しにしてただけだとは思うけどね

  30. 人間七七四年 | URL | -

    秀次事件1つでお腹いっぱいです。

  31. 人間七七四年 | URL | -

    ※28
    ラスボス化したんじゃなかったら、
    最初からアカンヤツだったことになって
    三成は見る目無いor三成もアカンヤツだったってことになって
    それにくっついてった大谷さんの謎がさらに深まる事に。

  32. 人間七七四年 | URL | -

    ※21
    「博多記」では三成は博多商人たちと出兵中止を進言しています。

  33. 人間七七四年 | URL | -

    ぶっちゃけた話、秀吉って信長配下の頃から真っ黒やで

  34. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    家康と浅野が唐入りに反対していた逸話は複数あるよ

  35. 人間七七四年 | URL | -

    逆に、唐入りいいぞもっとやれ的な
    イケイケさんって、秀吉の周囲にいたんかね?
    自分の知ってる限りじゃ、逸話レベルも含めて
    弟秀長・甥秀次・利休(このために殺されたとすら言われてる)
    狐付き浅野さんといった所が反対していたっぽいと聞くが…
    宗小西なんかも内心迷惑千万だったろうし

  36. 人間七七四年 | URL | -

    ※33
    善悪の問題でなくて、
    いわゆる心神喪失状態になっちゃってるのが大問題。

    悪人だろうと、知能が機能してたら損得を判断できる。
    故に諌言も可能だったんだけど。

  37. 人間七七四年 | URL | -

    ※35
    半島での暴れっぷりを見るに清正はやる気満々に見えるな(本心はどうか知らんけど)

  38. 人間七七四年 | URL | -

    ※37
    清正も最近の書状の研究見る限り言われている程ノリノリでは無い印象だなあ
    肥後に配置されたのも唐入りを見越したわけでは無く偶然らしいし
    (肥後で検地を担当した場所が小西と違ってばらばら)
    例の侵攻ルートも明への侵攻ルートを探る威力偵察で、わりとすぐ安辺まで引き返して
    「距離・兵糧確保の面からこのルート無理」って書状送ってるし

  39. 人間七七四年 | URL | -

    家康の影武者説みたいに、「実は本物の秀吉は暗殺されて、何者かが影武者になり、人格が変わった」という説はないかな。

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