FC2ブログ

室賀はそれに納得しない態度を見せたため

2016年04月09日 18:33

510 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/08(金) 21:46:41.33 ID:wX2tR8C9
天正10年は、織田信長、武田勝頼のご生涯があったため、都鄙兵乱止むことがなかった。
信濃国には、徳川家康、上杉景勝が出兵し、上州には北条氏政・氏直父子が出兵した。

真田昌幸徳川家康に出仕を遂げるべしとて、伊奈の家康陣へ父子にて出仕した。
そのほか。禰津、矢澤、室賀、八代、芦田、保科、常田といった人々、何れも伊奈に出仕し
御礼申し上げた。しかし当時、家康は秀吉との合戦の最中であったため、国々の地頭も居城に引き籠もり、
我が意に任せて大身は小身を掠め、強は弱を侵し領地を争ったため、片時も合戦は止まなかった。

ここに信州室賀の城主、室賀兵部大輔(正武)は文武智謀の勇将であった。
遠く先祖を尋ねるに村上源氏義清公の類葉であり、禰津宮内大元直の嫡子長右衛門尉利直の舅であり、
その上昌幸とは甲府数代の傍輩、知音の仲であったが、真田昌幸が甲州没落後、信濃衆が諸方へ行動を
起こす時、まるで大将のようにこれを取り仕切り、多くの一族はその通り、万事昌幸の指図を
受け入れていたが、室賀はそれに納得しない態度を見せたため、互いに疎遠になっていった。

このため真田昌幸は室賀を退治しようと、禰津に行った。
禰津の家臣である加澤与七郎、別府若狭の両人は、智謀の勇兵であった。彼らに昌幸は、
矢沢頼綱を通じて様々に指示を出し、これによって室賀の家来である室賀九右衛門、松江、堀田らに
調略を廻した。この際別府・加澤に昌幸が与えた証文によると

『おのおのの調略によって室賀家中の過半は我らに納得し、同意したこと、これは忠信の至りであり
感悦している。彼の地について本意を遂げれば、そこから一所を宛がうであろう。

天正十年四月三日                  昌幸
                   別府若狭殿
                   加澤与七郎殿


このような事があって、4月下旬、昌幸は室が城に攻め懸けたが、室賀も聞こえる兵であれば
打ち取ること出来ず、居城に戻り、互いに互いを討つことを計った。

(加沢記)



スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    本能寺の変は6月なのに…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    黙れ小童!

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    黙れ小童!!

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    魔王様「気にするな!!!」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    本能寺「ほんのう(本当)に変!」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    その魔王様じゃねーよ!!

  7. miss.key | URL | eRuZ.D2c

    わしはお前の家臣にはならぬ!!!

  8. 人間七七四年 | URL | -

    「真田丸」では、草刈昌幸に「お前とは幼馴染み」って言ってたけどね。
    「黙れ、小童」を、西村さんは、「流行語大賞」にしたがってた。と三谷さんは、エッセーで書いてたけどネタっぽい。

    三村「黙れ、小童」
    勝成「なんか、ムカついたので斬っていいっすか」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    流行語大賞狙いの追い討ちのため、大阪の陣あたりで信之が血気盛んな若武者に「黙れ小童!」って言うんじゃないかと予想してる。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    病気で出陣してませんがな

  11. 人間七七四年 | URL | -

    それか、昌幸がいいだすとか?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    「黙れ小童」って…時代劇ならよくある台詞じゃないかなあ。
    逆に、昔の時代劇のパロディとして三谷さんは書いてるのかね?

  13. 人間七七四年 | URL | -

    三谷さんは、室賀なんて、無名に近い武将を全国に知らしめたから、それはそれでいいんじゃない。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    なんだかんだでみんな大河観てるのねw

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    ガッツリ見た上で難癖をつけるのが我らのやり方よ

  16. 名無しさん@ニュース2ch | URL | -

    ※13
    室賀は真田に歯向かって邪魔だから誘き出されて暗殺されたぐらいしか知らなかったしな。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    信之、まさか、お忍びで大阪に行って正武の息子に会い、「黙れ、小童」って叫ぶとは思わなかった。室賀の息子さん、アンジャシュの大島だったとは思わなかった。

    室賀正武のお墓、「100年ぶりに整備した」って地元の人が言ってたけど、100年も放置された室賀正武さんが哀れ。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9912-cea6c212
この記事へのトラックバック