池田輝政は数百人の牢人を扶助し

2016年04月25日 18:33

633 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/25(月) 14:05:16.66 ID:uDiaW7d3
池田三左衛門輝政は、その寵臣である若原右京、中村主殿をして、諸国の牢人の中で
武名才気ある者へは常に米穀、あるいは金銀を与えて扶助し、その数は数百人であった。
思う所あってその米穀金銀は出納を通さなかっら。

これは大阪に変が有れば、関東の出馬を待たず、播磨、備後、淡路の兵にこの牢人を加え、
自ら率いて一人でこれに当る事を欲したためであった。それは、彼が関東より殊遇されていたため、
殊忠を致さなければならないと思っていたためである。

この為、彼は自ら婦女への愛や器物への愛玩等の費えを禁じた。
彼は人に常に言っていた

「今日、大国に封じられた者は礼遇にのみ篤く、手足の労を以って仕え難い。それゆえ
私はただ多士を育んで天下の干城にならんと思い、これによって自分の娯楽を抑損して、その財を以って
武備に散ずるのだ。」

実に輝政の如きは忠尽の将と言うべきであろう。
(慶元記)

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    これ、一歩間違えたら謀叛の為に牢人囲ってると思われかねない行為よな…
    輝政自身は信用されていたとしても、次代以降もその信用あるとは限らんし。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    食い詰めた人間が減るわけだから
    少し治安向上に貢献してるとは言えるかな…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    食いっぱぐれてる浪人達の中にもしかしたら自分や自分の家臣がいたかもしれない。
    そう思ってこういう事を手ずからする人ほど、信頼を集める事で自分の身を守ろうとしているように見える。
    妙な言い方かもしれないけど、織田家から出世してきた大名って、織田家を反面教師にしてる所がありますよね。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    むしろ信用を楯にいけしゃあしゃあと軍拡した話のような気がする
    謀反まで頭にあったとは思わないが

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >この為、彼は自ら婦女への愛や器物への愛玩等の費えを禁じた。
    ただし大包平は除く

  6. 人間七七四年 | URL | -

    章[甘β]「ほほう」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    宣教師の記録かとー
    婦女への 愛 でゴゼェますか

  8. 人間七七四年 | URL | -

    輝政に対する家康の厚遇は未だにようわからん。
    織田の旧臣という意味でも、豊臣恩顧としても、他と扱いが違う。
    しかも家としては小牧の件があるにも関わらず。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    中村主殿が、一瞬「中村主水」に見えました。
    数百人の仕事人って、どんな感じかなと。

    明日、かかりつけの眼科に行って来ます。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >>8
    中古の娘を引き取ってくれた有難い人やん

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    浅野家も十分に厚遇してますよ。
    それに旧織田家武将の家系は大概それなりに扱ってます(これは秀忠政権も同じ)。
    だけど、残念ながらその相手が改易するようなヘマばかり。
    また、豊臣恩顧の主だった武将達は秀吉子飼いの直臣が多いから扱い難いのが多いし。
    市松とか虎とかは一応従ったけど・・・・ね?

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※3殿
    >信頼を集める事で自分の身を守ろうとしているように見える。

    ちゃんと身を守れたんだから、
    政治家として相当有能だったんじゃ?

    信頼得る為のパフォーマンスをやって、
    それがマイナス効果にならないって何気に駆け引き上手だと思う。
    そこを家康が評価したのかもしれない。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    輝政には秀吉もえらく気を遣っている印象があるな。
    あの秀次事件でこれといった弁解も嘆願もなく完全無罪とかおかしなことやっとる。

  14. 8 | URL | -

    ※11
    いや、全般として厚遇してることは否定せんよ。
    織田・豊臣に関わらず、吉良に始まって武田すら高家として遇するくらいだし。

    ただ実績に対してはやっぱり?と思う。
    例えば、名を出した浅野は、元々関東方面の取次ぎで、秀吉の縁者、五奉行筆頭だから実娘をあてがってもわからんでもないけど。
    ただ、婚約は秀吉の仲介っぽいから、元々家康から近づいたかというと違うんだけどね。

  15. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    ※8
    織田家臣時代から池田恒興は特殊な立場だったような気がする。
    揚羽蝶の家紋もらってるし、信長の葬儀では輝政が信長の実子秀勝と一緒になって
    棺を担いでるし、恒興は単なる乳兄弟の家臣じゃなくて信秀の側室の連れ子、
    一門に近い家臣、という扱いだったんじゃないかな。で、秀吉もそれを踏襲して
    家康と縁戚関係にしたり、自分(秀次)と縁戚関係にしたりしようとした結果が、
    池田氏の江戸時代を通じての厚遇になった、って感じがする。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    輝政への厚遇って、単純に家康の娘を娶ってたからでしょ
    他の大名のように養女でもなければ、関ヶ原前後に結ばれた血縁でもないしね。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ※16
    奥平信昌「せやな」

  18. 人間七七四年 | URL | -

    督姫(家康の娘で輝政の正室)は政略結婚とは言え(まぁ当時はほぼそうだが)
    30歳で再婚してから輝政との間で5男2女をもうけて最後の子は47歳で高齢出産してるし
    史料だけ見ても超がつくような円満家庭なのも関係あるかも

  19. 人間七七四年 | URL | -

    輝政の厚遇については以前史板で語られていた信忠と松姫、織田信房、武田家臣、大久保長安、督姫などを絡めた推測議論が結構しっくりきた。

    ツイッターで池田家に詳しいと思われる人が呟いていたけど池田家自体も厚遇というわりに輝政以降しばらくは幕府といろいろあったとらしいぞ。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    信長が信玄を憎んでいたから武田家も憎んでいてなにがなんでも殲滅とか、
    織田と武田の仲があーだから信忠と松姫の恋愛なんてあり得ない、
    会っていたなんてばかの極みみたいなアレ、池田家は厚遇されまくったという
    レッテルを一度外してみてみるのも必要かなとは思うなあ。
    なんだかんだで池田と武田遺臣はつながっていくわけだし大久保長安事件でも
    輝政は無罪となったわけじゃない。

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