17歳で将となったのは

2016年05月11日 17:59

712 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/11(水) 17:15:36.90 ID:RZRieaSv
尾州長久手の戦の時、成瀬隼人正は17歳であったが、敵陣に乗り込んで兜首を取り、
徳川家康の御覧に入れると

「汝は勇士である。今、旗本の兵が少ない。先ずこれを守れ」

そう命ぜられたため、本陣の先にて息をついていた所、先手が苦戦しているのを見て
駆け出そうとした。

ところが馬取が馬の轡を捉えて

「あなたは既に功名を遂げられました!それなのに再び敵の中に入り生命を亡ぼして、
一体何の益が有るというのですか!?」

成瀬は激怒し馬取を罵ったが、それでも手を離さぬため、刀を抜いて峰打ちし

「小利を貪り大義を失うのが武士の道か!?今日の戦は、敵破れ陣を陥れ、さらに逃げるの
を追い詰めた後に止めるべきものだ。名も知れぬ首一つに身を顧みられようか!?」

そう怒鳴りながら峰打ちしても、なお手を離さない。

この時徳川家康は30間ばかり(およそ50メートル)隔てて戦況を見ていたが、
ここで声を発した

「味方は持ちこたえられない様子である!壮士の死戦すべき所はここぞ!ただその志に任せよ!」

この時、馬取は手を離した。
成瀬は真一文字に乗り入れ、また兜首を得て、東西を駆け巡り叫んだ

「君は間近で進退剛怯をご覧になっている!なのに黒くも逃げ走り、なんの面目あって
今後人に見えるのか!?」

こう見方を辱めると、引き色だった者も踏み止まり、進む者はなお勇んだ。

そして成瀬隼人はこの年の暮れ、家康から「成瀬の長久手での働きは軍功の士にも恥ずべからず。
誠に感じ入った。」と根来衆50人を預けられ、将の一人となった。
徳川家において、17歳で将となったのは、成瀬隼人一人だけであったという。

(新東鑑)



713 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/05/11(水) 17:31:57.70 ID:vojZxJwv
轡取りの行く末が気になる…
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    馬取の突撃するタイミングの見計らいがいい話な気が

  2. 人間七七四年 | URL | -

    水野「なんで斬らなかったんだ?」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    一番の功は、成瀬さんじゃなく、馬取さんじゃないの?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    馬取「どうかここはこらえてくだされ!
    危機において機運は必ず来まする!」
    成瀬「機運が来る時こそ危機である!戦で待つ者を殿は取り立てる事があったか!?」
    家康「なにをやっとるんじゃ、わしはいくぞ!」
    馬取&成瀬「「お待ちくだされ!!」」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    「それで、その轡取の名はなんと申されるのですか?」

  6. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    黒くも…とか、見方を辱しめる…とか意味不明なんすけど。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    主君を思ってのことやし、これだけの武将なら大事にしてくれたやろ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    今は財団が管理してるけど、犬山城は少なくとも20世紀までは「成瀬さんちのお城」

  9. 人間七七四年 | URL | mrtQPkd2

    成瀬の姫は独身なのだろうか
    血が絶えてしまう
    井伊家みたいに婿養子を迎えないと

  10. 人間七七四年 | URL | -

    成瀬「成瀬隼人正、17歳です!」
    周りの侍(右手を上げ、手首から先を2回振りながら)「「おいおい(ツッコミ)」

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