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松永久秀と明智光秀が陣を並べることがあった

2011年07月14日 23:07

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 00:32:08.29 ID:03siNorf
信長包囲網が形成されていたころ、松永久秀明智光秀が陣を並べることがあった。戦を前にして、
陣を見回っていた光秀は、久秀の備えの一部が突出しているのを見つけ、久秀に忠告した。

「松永殿、貴殿の備え、少し出張り過ぎたところがあるようだ。今のうちに、備えを立て直されよ。」

「おお、これは面目ない!・・・しかしのぅ明智殿よ。この松永も日ごろ茶人、数寄者と呼ばれる身。
それが人前で二の湯を継ぎ足し、茶を『点て直す』などという見苦しきマネは思いもよらぬ。
あの一備え、廃るというなら捨てるまでよ。それ、かかれ―――ぃ!!」

そう言ってそのまま敵陣に突き入れ、勝利してしまった。(茶窓閑話より)




584 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 00:43:27.97 ID:FGiOzc4D
決断力に優れた曲者、と島左近(異説あり)に評された二人だけど
弾正のこの行動は少々無茶ではないのかと

585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 00:56:23.71 ID:7hNSG0It
織田信長「見たか、他人の思惑の逆をするこの久秀の行動こそ器用というものだ
     光秀も>>584も裏を掻かれておろう」

586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 08:11:55.58 ID:R+j7jN03
着眼点が違うぜ
さすが、ノブさま!そこに痺れる、憧れるぅ!

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 08:37:29.05 ID:scyIQdZT
>>584
久秀と並び称されるって光秀的にどうなんだろうな…

588 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/14(木) 10:57:56.31 ID:TIhvGKAz
後世の俺ら的にはお似合いじゃないの?って思っちゃうトコだがなあ

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 00:54:49.95 ID:DV/FpV1w
>>583.584
そういや『無茶』とか『無茶苦茶』とかの言葉はお茶からの由来した言葉なんだよね。

頻繁に使ってる言葉だから再認識させられた。

芝居の「金閣寺」では

2011年06月14日 00:01

138 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 20:39:44.21 ID:qQDOzjsF
芝居の「金閣寺」では
将軍足利義輝を暗殺した国崩し(国を傾けるほどの大悪人)の松永大膳が
雪舟の孫娘、雪姫を口説こうと金閣寺に縛って監禁するが、
雪姫は桜の花びらでねずみを描いて、そのねずみに縄を食いちぎらせ、
小田春永の部下で、此下東吉と変名を使って松永にとりこんだ
真柴筑前守久吉と、その部下の佐藤正清に助けだされる、とかなんとか

松永大膳、小田春永、真柴久吉、佐藤正清が誰かはあえて書かない




139 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 20:47:04.99 ID:qZS7vHjR
>>138
おだしゅんえい・・・間違いなく、天庵様だな

140 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 20:50:12.17 ID:XoGIYf9D
>>138
縛って監禁とか、もはや口説く、ではなく脅迫の域だな。

141 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 21:03:24.62 ID:YIMK5opn
佐藤政清って虎殺しの人か
さすが芝居、年代とかガン無視やでぇ

142 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 21:11:57.10 ID:5Q58zHZb
最後の人がサッパリだったが言われてなるほどだわ

ある時松永久秀の家老が。久秀にこう申し上げた

2011年02月23日 00:00

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/22(火) 04:12:42.00 ID:QUoufZ3H
ある時松永久秀の家老が。久秀にこう申し上げた

「殿がご所有の平蜘蛛の釜を、信長公はご所望になっております。
この上はご進上申し上げるべきではないでしょうか?」

ところがこれに久秀

「たわけたる事を申すな。あの釜を信長にやった上に、我らが首まで所望されたら
どうするのだ?」

それから暫く後、再び家老が久秀に申し上げた

「この頃世間に取りざたされている話を聞いてみれば、殿の御身に大事が迫っておるようですぞ!」

久秀これを聞くと胸を反り返らせ

「ふぁ~ぁ」

と大あくびをし、

「あらうれしや。思い出になることだ」

そのように言ったそうである。

2度目の謀反の前あたりの話であろうか?松永久秀とその家老の会話である。




921 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/22(火) 17:54:41.21 ID:5SiBRRQH
>>909
子供の頃は大嫌いだったんだけどね、弾正。

923 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/22(火) 18:37:12.31 ID:DAvt/LVK
>>921
弾正好きな子供というのも…

結城弥平次の改宗

2010年08月05日 00:01

291 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:50:10 ID:2mnPCtjx
摂津国岡山を治める領主、結城山城守忠正。彼は松永久秀の配下として活動していた。
彼の甥に結城弥平次という男がおり、伯父の片腕として岡山の治世に大いに貢献して
いたという。

この弥平次、出身は美濃国であり、今も岐阜の町に母と3人の弟を残していた。
彼はたびたび「一緒に暮らそう」と母に手紙を送るのだが、母の返事と言えば息子を
罵り、嘲笑するような内容ばかり。
何故なら弥平次はキリシタンだったのである。

熱心な法華教徒であり、下の息子達3人すべてを僧侶とした母にとって、コトある毎
に「改宗しない?」「キリシタンって良いモンだよ?」と手紙を送ってくる長男は、
正直頭痛の種であった。
しかもこの長男弥平次、伯父であり主君でもある結城忠正をキリシタンに改宗させて
しまった前科がある。母としては気が抜けない相手でもあったのだ。

ところがある時、手紙ではなく弥平次本人が直々に岐阜までやってきた。
「母上、私もこのたび、嫁を取るコトになりました。今までは独身の気楽さ故、一人
でも不自由はありませんでしたが、嫁が出来、一家を構えるとなると、やはり母上に
姑として嫁を教育して頂かねば不安でなりません。どうか、一緒に暮らしては頂けな
いでしょうか?」
「……でも、お前の嫁といったら『アレ』なんだろう?」
「個人の信仰と家庭は別です!キリシタンと仏教徒の夫婦だっているのですから。ど
うか、姑として嫁を助けてやっては頂けぬでしょうか?」

母は息子への愛情に負けたのだろうか、暫く考えた末、摂津行きを承知した。
すると弥平次、3人の弟にも声をかける。

「仏法修行も良いが、目出度い結婚の祝いだ。お前達も出席してくれないか?ついで
に京の都にでも寄って、色々と珍しいモノでも見物して行くと良い」

こうして母と弟、計4人をつれた弥兵次は岐阜から摂津岡山へと帰還した。

「えっ、ちょっと弥平次!? ココはどこ!?」
「兄上、この者達は一体……」

「ここはキリシタン達の寺、教会です。母上達の当面の宿として用意いたしました。
この者達は当地のキリシタンで、是非、母上達の世話をしたいと買って出てくれたの
です。どうです、キリシタンとは親切でしょう!」

こうして教会に監禁され、キリシタン達に囲まれた状態で朝も夜もキリストの正しさ
と仏教の非を説かれ続けた4人は、弥兵次の結婚式までには立派なキリシタンとして
生まれ変わっていたと言う。

……教団の支部に連れ込まれ、信者に取り囲まれて説教。というのは僕も経験ありま
すが、マジ恐怖です。
日蓮系仏教はすべて滅びればいいのに(いや、そーゆーヤツばかりじゃないのは分か
ってますケドね?)……つかこの4人、法華宗かっ!どっちもどっちじゃねぇか!




結城弥平次の遺体

2010年08月05日 00:00

292 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:51:47 ID:2mnPCtjx

ある時、結城弥平次は古橋という土地を攻める軍勢の一員として河内国に従軍していた。
兵糧は現地調達というコトなのか、ただの略奪なのか、それとも戦に勝っての戦後処理の一環だったのかは
分からないが、彼の率いる部隊は農民から年貢米の徴収を命じられた。
3~400人の部隊で高台に陣取り、のんびりと集めた米の計量を行っていた時、敵方である三好三人衆の軍が
弥平次達に奇襲を仕掛けてきた。

弥平次の部隊が400人に対して、敵は2500。
到底勝ち目はない戦力差だが、場所が高台だったコトが幸いした。
2ヵ所の上り口を押さえ、上から次々と矢を射掛けるコトで敵は甚大な被害を出した。
しかし、それでも物量差は歴然としている。弓の名人である弥平次の守る上り口は堅
固であったが、もう片方の上り口を破られ、腹背に敵を迎えるハメになってしまった。
あっと言う間に勝敗は決した。弥平次の率いる部隊は壊滅したのである。


摂津に残った弥平次の母や妻らは、弥平次の部隊が敵の奇襲により全滅したという報を受け、
彼の死を嘆き悲しんでいた。
「生も死も、神の思し召し。仕方のないコトだと諦めましょう。ですがせめて、弥平次の遺骸
葬ってあげたいのです」
古橋から弥平次の遺体を拾って来い、と結城家に仕える者に命じた。
家臣としてもその気持ちは判る。危険を押して河内国に潜入、戦場跡を訪れた。

しかし戦場に打ち捨てられた死体は皆、雑兵のモノばかり。
立派な鎧を身に着けた死体は首を取られ、身元を確認する術もない。
仕方なく、同じような体格の死体の内、衣服や鎧が似ているモノを「弥平次の遺体」として
摂津で待つ家族の下へと届けたのである。

摂津の教会に運び込まれた「弥平次の遺体」は、待ち受けていた家族や友人に迎えられた。
遺体を目にした彼等の悲嘆は深く、争う様に「弥平次」を抱きしめ、斬られた首の傷痕に口付けをした。
彼等は自らが血まみれになるのも構わず、ただひたすら「弥平次」と共にありたいと願っていたのである。

293 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:52:58 ID:2mnPCtjx
そしてそんな風に悲しみに包まれたまま2~3時間が過ぎた頃。
「あのぅ……奥方様?」
一人の家人が教会の扉を開けた。
その時、彼が目にした光景を想像すると、彼の恐怖は如何ばかりかと思う。

薄暗い教会の中、金屏風に閉ざされた一角で死体を取り囲む男女。
彼等は争うかのように死体を奪い合い、口元は血で濡れ、それでも涙ながらに首のな
い死体に口を寄せ……

何のホラーだ。
まぁ、それはともかく。

「弥平次様から手紙が届いております」
そんな家人の言葉に、一同は耳を疑った。

死ぬ前に出した手紙が今、届いたのだろうか?
恐る恐る手紙を開けると、

『心配かけてゴメンね!今回ばかりはオレも死ぬと思ったよ!ホント、神様の御加護
って偉大だよねっ!みんなが心配してると思ったから、とりあえず無事だってコトだけ、連絡しとく。
多分、2~3日でそっちに帰れると思うよ』

「……………………ゑ?」

じゃぁ、コレ……誰?
教会に詰め掛けた家族&友人一同、手元の死体を見つめた。
そして次に隣の人間を見た。
腐りかけの死体を抱きしめ、血に塗れた傷口に口付けた、血と腐汁に汚れた姿。
…………同じ姿をしている自分。

「イ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」

今まで抱きしめていた死体を放り出し、逃げるように教会から転げ出る。
恐怖に震え、十字架を握り締め、ひたすらキリストとマリアの名を口にし続ける人々。
家人がその遺体を教会から引きずり出し、近くの湖に捨ててしまうまで、彼等は恐怖のあまり、
教会に足を踏み入れるコトが出来なかったという。



結城弥平次と三木半太夫

2010年08月05日 00:00

294 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:55:33 ID:2mnPCtjx
一方、少々時間は戻って古橋の戦場。

部隊が壊滅し、組織的な抵抗が出来なくなっても、次々に味方が討たれて行く中で、
「JESUS」の前立ての兜を付けた弥平次は狂った様に矢を射続ける。
既に周囲に残る味方はわずか数人。もうダメかという時、敵の攻撃の手が止んだ。

敵の武将らしい一人の男が騎馬で進み出て、
「ワシはこの軍の大将、三木半太夫と申す!先程からの戦いぶり、敵ながら見事なモ
ノである!その前立てを拝見するに、キリシタンであろうか、是非名乗られよ!」
「某は摂州岡山城主、結城山城守の甥、ジョルジ弥平次と申す!仰せの通り、キリシタンである!」
弥平次が言葉を返すと、半太夫は即座に馬から下りて弥平次に歩み寄ると、鎧の上から
羽織っていた虎皮の上着を脱ぎ、弥平次の肩に掛ける。

「キリシタンなら命を無駄にするな!ワシの下に降って欲しい。なに、そなたを罪に問うようなコトはせぬ。
我が殿から責めがあったとしても、ワシの命ある限り、そなたには指一本触れさせぬ!」

半太夫もまた、キリシタンだったのである。
三木軍に投降した弥平次は、まるで賓客のような扱いを受けたと言う。
家族への手紙に書いた通り、数日で解放され、攝津に無事帰るコトが出来たと記録されている。


……基本的にはいい話として良いと思うんだケド、討ち死にした挙句、弥平次の遺体と間違われ、更には
埋葬もされずに捨てられちゃう味方の兵隊さんがあまりにもカワイソス。
しかも、「この死体がある一人の異教徒のモノだと思い至った」から彼等は教会から逃げ出したとか。
仲悪かったにせよ、知り合いの遺体だったのかよ!遺族に引き渡すくらいしたれよ!




美人過ぎる人妻と松永久秀

2010年07月19日 00:00


934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/18(日) 00:04:14 ID:S+9Dz1ZV
携帯すまん

有名な能楽師の妻おりきは美人すぎる
ということで有名だった
だが夫が死んでしまい独り身になってしまう
そこで目をつけたのが松永久秀^^ジュルリ
三好実休も目をつけていたため実休は
あせり、宗易(のちの利休)に松永との茶会で、あれはおれの女だと言ってくれと頼まれる

そして
松永「あれは君の女なのかい、噂あるよ」
宗易「うーん…ははは」
濁される松永そこで賭けにでる^^よーしパパ頑張っちゃうぞー
平蜘蛛と交換しようというのだ
だが宗易は反対し、出ていってしまう
松永「……ぐすん」
果心「」つハンカチーフ
松永「許さん許さん許さん許さんry」

そしてなんとおりきの家に火の手があがる
そう松永がおりきの家に放火したのだ
松永の可愛さ余って憎さ百倍な話

結局おりきは宗易とry




935 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/07/18(日) 00:07:33 ID:MpCBFZf7
千小庵は松永弾正の子供という噂が・・・

クリスマスも近いという事で、松永久秀の話

2009年12月21日 00:02

260 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 22:15:33 ID:zFDIvZda
クリスマスも近いという事で、松永久秀の話を…

乱世の梟雄、松永久秀。
彼が三好長慶に仕えていたのは、ご存じの方も多いだろう。

(諸説あるが)長慶は、後々一族の者が松永に暗殺され、実権を握られるなど夢にも思わず彼を非常に信頼していた。
また、松永の器量に惚れ込み自分の娘を松永に嫁がせる。

しかし、ここでちょっと考えてほしい。
松永の生年は1510年前後。対して、主である長慶の生年は1522年。
そう、この二人実は12歳の差があるのだ。

長慶には20歳の時に嫡男の慶興が生まれている。その後に生まれた姫が、松永に嫁ぐのだが
逆算すると松永は30歳以上歳の離れた姫を娶る事になったのだ。
初夜の光景を考えると、どう考えても松永がロリコ(ry


この時代では幼くして輿入れしたり、かなりの歳の差での婚姻も珍しくないが
主君の娘を、30歳前後の歳の差があって娶った話はあまり聞かないので投下。

ちなみに松永の嫡男、久通は生年から考えておそらく前妻の子。
その妻が病か何かで亡くなり、その後長慶から娘を娶ったんだと…


まとめサイトに長慶の妻を自分の物にした話もあったが、それってもしかして親子(ry

乱世の梟雄、松永久秀。
彼はやっぱり凄過ぎる。いろんな意味で。




261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 22:28:46 ID:EX3RZcIh
>>260
松永一族って長慶が死ぬ直前には、家中において三好一族に匹敵するほどの
大勢力になってるんだよね。
それだけ有能だったんだろうけど、あれじゃあ長慶がいなくなれば内紛になるわ。
長慶が松永を信用しすぎて家中のバランスを考えなかった悪い話でもあるな。

262 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 22:51:13 ID:NQXQWG5k
兄弟の死が続いて一族の藩屏が崩壊していたってのもあるがな

263 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 23:07:12 ID:qiwXvu45
>>260
クリスマスが近いから久秀の話ってのもなんだかなぁw

それはさておき、
その幼妻は久秀の秘伝のテクによりメロメロにされちまったわけだ。

なんという悪い話。

264 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/20(日) 23:27:23 ID:bRQN8E0O
>>261
三好氏の場合、久秀と長逸が三好長慶への取次ぎ全般を行っているので、長慶が
衰えてくると自然このふたりが台頭してくる。阿波も三好実休がかなり強い権限をもって
統治しており(「新加制式」も実休が生前支配してた範囲で適応された分国法だし)、
主要な一族(実休、長逸)・家臣(松永兄弟、篠原)に権限が集まる傾向があったみたい。

268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/21(月) 10:42:15 ID:pBnMzuLX
>>263
如安ってことかな?
それとも岐阜にいったのが24日だからかな?

269 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/21(月) 11:18:16 ID:0UehFI5j
>>268
日本で最初にクリスマス休戦したからでしょ?

爆弾正様、反旗の裏事情

2009年12月17日 00:03


107 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/16(水) 14:11:01 ID:ORpcTfxO
戦国の梟雄 爆弾正こと松永久秀

その独特の感性で天守閣および多聞作りを創始したり
串柿に使われている串を溜め込んで城郭の補強に使ったり等
城郭建築においても当代一を自負しておりました。

そんな彼の建築技術の粋を結晶した城が多聞山城であり
「ワシの自慢は何と言ってもこの城を築城したことよ。」と
ご満悦でありました。

そんな爆弾正様も筒井順慶との争いや一時は配下となった信長との
不和により多聞山城を失ってしまったがどうせそのうちとりかえせばよいと
暢気に構えていたのだが、天正4年のことであった。

信長「今度新しく城を作ることになった。」
爆弾「…(( ´_ゝ`)フーン どうせ大した城ではあるまい。ワシの城のほうが数倍上よ。)」

しかしその完成図を見て愕然とする。

爆弾「!!(ちょwこれ多聞山城のパクリじゃんwwwしかもワシの城より豪華にしやがって…)」
信長「築城奉行は五郎左衛門とする。以上である。」

それでも第一人者は自分とやせ我慢をして帰ってきた久秀の元に
さらに信じられない報告が入ってくる。

家臣「久秀様。多聞山城が破却されるというお話はご存知ですか?」
爆弾「なに?どういうことだ?」
家臣「表向きは筒井城改修のための石材集めということですが…」
爆弾「おのれ信長め、謀りおったな!」

そう、新しく出来た城が多聞山城そっくりではパクったと思われてしまい
天下一を自負したい信長にとっては邪魔な存在であったのだ。
納得が行かないのは爆弾正様
自慢の城を壊され、プライドに激しく傷をつけられ
多聞山城破却の翌天正5年、再度反旗を翻したのでありました。

爆弾正様、爆死覚悟の無謀な反旗の裏にはこんな事情がありましたというお話






松永久秀は串を捨てずに集めていた

2009年12月14日 00:13

87 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 13:33:01 ID:9LQnIGDU
串柿に使われている串は柿を食べてしまうとたいていの人は捨ててしまう。だが、
松永久秀は串を捨てずに集めていた。
なぜそんなものを集めていたのかというと、自宅の壁の補強にその串を使っていたのであった。
松永久秀はこの「もったいない」の精神で蓄財に励み、後々の出世の糧としたのである。




88 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 13:47:27 ID:AReLKQse
せっかく蓄財して買った茶釜も最後は爆破しちゃうんだから。

89 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 14:09:53 ID:hWAK4CHP
今なら牛乳パックで本棚作るんだろうな
カリスマ主夫久秀萌。

90 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/13(日) 15:20:50 ID:DZP6wFwH
恐妻家でカリスマ主夫で多趣味で小動物好きの久秀さん

松永久秀の人質

2009年12月02日 00:20

781 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/01(火) 16:41:52 ID:9V/1fvDv
松永久秀の人質


人質と言えば、現代人の感覚からすれば穏やかな話ではないが、
この時代においては降服の証として人質を差し出すのがごく当たり前であった。

爆弾正こと松永久秀もその例外ではなく、
信長に降服した際には人質を差し出していた。

さて、この人質である。

久秀の息子か孫かははっきりとしない。
いつ信長の下に差し出されたかも特定はできないが、
仮に1568年のことだとしたら、
久秀の一度目の叛逆の際には、見逃してもらえたことになる。

信長も久秀には随分と甘いところがあるが、
二度目の叛逆の時はそうはいかなかった。

松井友閑の説得にも応じなかった久秀についに激怒したのか、
息子の信忠を討伐軍として派遣すると同時に、
人質を京都で処刑するよう命じた。

この時、佐久間家勝のもとにいた二人の人質は、
12歳と13歳の少年だったという。
彼らはひとまず京都の村井貞勝のもとへ護送された。

貞勝は彼らを不憫に思ったのか、宮中に助命を訴えようとした。

「すぐに参内し、助命してもらえるよう頼みましょう。
 君たちもすぐに身なりを整えなさい。衣装はこちらで用意しますから。」

だが、彼らは貞勝の申し出を断り、
手紙を書きたいから筆と硯を貸して欲しいと言った。

手紙を書き終え、それを必ず届けて欲しいと頼んだ後、
彼らは六条河原で首をはねられた。

最後まで臆する様子も無く、西に向かって念仏を唱えていたという。


後日、佐久間家勝は二通の手紙を受け取った。
そこには二人の、世話になったことへのお礼が丁寧に書かれていた。




782 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/01(火) 16:56:41 ID:BggSIZaL
>>781
もしかして偽者?
とても久秀の子か孫だとは思えない。

784 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/01(火) 17:48:29 ID:rEu2Zko3
>>781
出典は信長公記か。
筆者の牛一も少年の最期に同情した叙述になってるね。

787 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/01(火) 18:25:50 ID:y2x6HkrF
宮中に助命嘆願ってのがおかしいよな

松永久秀家臣山口六郎四郎の、高屋城脱出

2009年10月21日 00:06

631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 13:02:32 ID:MvQOQF3R
松永久秀の、信長への最初の謀反の時のこと。
松永の家臣山口六郎四郎と奥田三河守は高屋城を守備していたが、信長の軍に攻められ
力尽きようとしていた。

「もはや城を捨て落ちるしかない」
「しかし周囲は織田軍に取り囲まれている。出て行けば討ち取られるだけだ。」
「一体どうすれば…」

この時山口
「私にいい考えがある」

そして風雨の夜、鉄砲隊を集結させ、東の門の寄せ手に向かって散々に討ち掛けた。
これに織田軍、「さては東の紋から討って出るな!」と、その方面に兵力を集める。
その間に城の者達、敵が手薄になった西門を開き、楽々と落ち延びたと言う事である。



635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/20(火) 19:53:14 ID:K4r+oNLU
>>631
「偽撃転殺」の脱出バージョンか


646 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/21(水) 00:29:09 ID:aatwcnKA

>>631
信長ならその程度の陽動作戦見破れそうだが、こういう取り逃しもあったのか


648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/21(水) 00:55:33 ID:2Mwgb649
信長くらいの立場の視点からしたら、城兵が逃げようが全滅しようが特に気にしないんじゃないの。
一兵残さず皆殺し、なんて命令下してない限りは、一々殺して回る方が労力の無駄だし、
城が無事に手に入る方が大事。

これが足軽とかになれば、敗残兵の追撃は首級取り手柄たての好機だから、
そうもいっていられなくなるんだろうが。

鞆の小幕府の内藤如安

2009年10月17日 00:15

521 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/16(金) 21:52:22 ID:gpowlXFA
内藤如安の叔父。

少年時代にカトリックに入信し、若年にして内藤家の当主となった
内藤如安忠俊であったが、常日頃気に病んでいることがあった。
叔父の松永弾正久秀のことである。

多感な少年時代、彼は叔父のことを耳にし、深く心傷ついていたのであった。
叔父は、権威地に落ちたと言っても武家の棟梁である足利将軍を殺害した大悪人であると。
戦国の世ではあっても、人聞き良からざる事であった。

後年信長にとことん逆らってでも、如安は足利義昭に忠誠をつくした。
その足利家に縁の深い明智光秀に八木城に攻め寄せられ一度は撃退するも、
同じく信長に反した叔父久秀死後の翌年1576年八木城は落城、
彼は丹波の領地をすべて失ってしまった。
が、カトリックの彼はしぶとく生き残った。

武人としては無能であった足利義昭に如安があくまで付き従ったのは、
この叔父の汚名を少しでも晴らしたい気持ちが彼をがんじがらめに呪縛していたのであった。

備後鞆の小幕府と呼ばれる粗末な館まで義昭を追いかけ、大名から無録の貧乏暮らしの日々を、
秀吉に捨扶持を貰った義昭がこの地をたたんで京に戻るまで八年間、この地で送ったのであった。

ただ若い彼は、この八年間を無駄にはすごさなかった。
彼はこの地でフロイスからポルトガル語、西洋の知識を学び、
また漢籍への学識を深く極めた。
この知識が後年、北京での明との講和交渉で大いに役立ったのであった。





内藤家の裏事情

2009年10月12日 00:05

367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/11(日) 12:41:55 ID:xmq35EiA
内藤家の裏事情

15世紀半ば、丹波においては細川家の守護職として内藤家がその任を得ていたが、
戦国の世であった。
細川本家の分裂抗争と共に、この地の波多野、赤井氏らの国人、豪族らが所領をめぐって
抗争を繰り返す日々であった。様々な抗争をへたのちに内藤家の当主国貞は、
1553年波多野氏との抗争に敗れ敗死、名跡が途絶えることになってしまった。
そこで、国貞の娘婿であり丹波で三好長慶の下で勢力をのばしていた松永長頼が
内藤備前守宗勝と名を改め
内藤家の名跡を継ぐ経緯となった。

この松永長頼、内藤備前守が松永弾正久秀の弟であり、内藤如安の父でもある。
弟の権謀術数よりも、武骨で有能な武将であった。

しかしこの八木城を根拠地とする新たな内藤家の当主も、1565年豪勇で知られた
赤井直正との抗争であっさりと討ち死にしてしまった。

このため内藤如安は、寝耳に水の内に16歳で慌ただしく内藤家の当主とならねばならなくなった。
しかも内藤家親族の中には、この他家からの名跡の継承を面白からずと思う人々も多数おり、
このどさくさの最中血族の手によって母を謀殺され、如安自身も危うく殺されるところであった。
如安、その仕事はじめは血族への粛清、抹殺であった。

親族の間に伝わる内藤家文書の中にこの経緯があるが、その内容の真偽については不明とされ、
秘するように命じられていた。
その中には、親族の中の松永一族に対する怨念が縷々記されている。

戦国の世ではありがちな血なまぐさいキリシタン武将のデビュー話である.
その後の如安の波乱の人生を予感させる。

が、う~ん、あまり面白い逸話になりませぬなあ。




368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/11(日) 12:45:03 ID:Tf2guOt4
>>367
> その中には、親族の中の松永一族に対する怨念が縷々記されている。

ここが物凄い気になる。


371 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/11(日) 14:35:42 ID:KqPrJMpR
>>368
爆弾正が如安を殺して自分の養子を送り込もうとしたとか
いかにもやりそうな

松永弾正と落雷

2009年09月28日 00:04

841 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 16:01:15 ID:brw+mTnh
松永弾正と落雷

大和領内の寺院で落雷があった。

この時に、松永弾正が寺院へ手紙を送っている。

弾正「落雷にあったと聞いた。
何やら天罰だと落ち込んでいるそうだが、自然現象なので気にしない方がいいぞ。
早く修理しろよ。」

迷信を信じない松永弾正の(見識の)いい話。





842 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/27(日) 16:13:24 ID:dxLg3bs4
>>841
松永さんは「彗星も落雷もただの自然現象」の一言で片づけるあたりは、カッコいいね。


松永弾正、切腹の前に

2009年09月11日 00:23

180 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 02:43:45 ID:hQHShL1r
松永弾正の死に際といえばもちろん爆死である。
しかし実はもう一つ、こんな話がある。

弾正「実はワシ、切腹することになっちゃった」
家臣「殿、…無念でございます」
弾正「うむ。ところで、これから灸を据えてくれ。ツボというツボ全部くまなく据えるようにな」
家臣「は? 何故でございましょう」
弾正「いやワシ、ほら中風だからさ。切腹してるときに発作起したらみっともないからなー。
   武士として最期くらいはビシッと決めないとな」
家臣「は、はぁ…」



弾正「おー、おかげですこぶる調子が良い。じゃ、そういうことで。えいや!えいや! …っぐふ」
松永弾正はこうして腹を十文字に捌いて見事に果てたそうな。




181 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 07:38:58 ID:szVVcP6X
弾正の生き様こそまさに武士らしい武士だよなー
いつだって下克上狙い、たとえ負けて頭を下げても腹の中では次の謀反の計画を練ってるぜ

182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 08:46:26 ID:cj+qhnHy
>>180
お灸にしろ爆死にしろ梟雄なりの美学を感じるな

183 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 09:50:05 ID:I6Pc3AZ5
ツボに火をつけるついでにカマにも火をつけたのかと思った

184 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 09:51:47 ID:ERao4kPv
>>181
後藤又兵衛は武士らしいんかな。

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 12:00:01 ID:Xow+N70F
>>162
この茶店婆の話、何度見ても噴出してしまう。
創作とかってわかってても笑っちゃうのあるよね。

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 16:29:14 ID:0MlBPF8r
>>180
やはり大河ドラマの主役にするべき人物じゃのう

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 18:35:42 ID:vJJ8pBDk
>>192
井上靖の平蜘蛛の釜をベースに大河ドラマ化してほしい気持ちもあるが、
昨今の脚本家にかかると、やばいからな。
悪の足利幕府を滅ぼし、三好家を支えた忠臣、領土には善政を敷き、
信長に屈することを良しとしなかった、正義のヒーロー。
とかなったら目も当てられん。

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 19:16:35 ID:NgN4q5a0
>>181
信長の人使いの荒さに、もうついて行けないと、やけになった部分もあるらしい

203 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 19:26:55 ID:i1vP8WFC
織田家は現代でいうところの外資系だったのか?

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/10(木) 19:36:45 ID:vS5AVhiw
他にも使える人間はいるからさ
もう(人生)辞めてくんない?


松永久秀、鈴虫を研究す

2009年08月11日 03:46

230 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/09(日) 23:40:59 ID:LfkOl//+
みんな大好き松永久秀さんの話。

久秀さん、あるとき自分は125歳まで生きると宣言した。
まあ女好きで精力満タンなところといい、我慢や後悔とは無縁そうな性格といい、
そのくらい生きそうな気もするが、本人は大真面目だった。

それは、久秀が鈴虫を飼っていたときのこと、ふつう鈴虫の寿命は1年だが、
久秀が丹念に養ったため3年も生きた。
この研究(?)結果から、人間も養生すれば長生きができ、俺も養生して125歳まで
生きるのだ、といったという。

この話を聞かされた者がどのような感想を抱いたかは残されていない。だが、きっと
こう思っただろう。「長生きしたいなら、まず謀反すんなよ」と。




232 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/10(月) 00:14:08 ID:r1Gjiene
三好家と鈴虫の別の逸話もあるな。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-971.html

233 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/10(月) 00:24:25 ID:Lkvv4O8d
三好家、もしくはその頃の畿内では鈴虫ブームでもあったんだろうか

234 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/10(月) 00:26:49 ID:j0Zvvtv1
鈴虫に丹精込めてエサをやる弾正の姿が想像できない

239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/10(月) 01:08:34 ID:O7QODbae
鈴虫とか、虫の飼育は平安貴族でもブームがあったんだよな
三好政権でも何度目かのブームがきたのかもしれない

240 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/08/10(月) 07:02:17 ID:FJwMe0ln
ほんと爆死してなかったら信之並に生きれたかもしれないからな


松永久秀、朽木元綱を説得す・いい話

2009年02月18日 04:44

932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 15:22:32 ID:5jG7zBIR
一五七〇年、浅井長政に裏切られた織田信長は秀吉や光秀を殿軍に
残して大急ぎで京都に向かっていた。
すると道中に近辺の領主・朽木元綱が現れた。何やら物々しい様子である。

信長「む、あれは朽木元綱か?よもやわしを敵に売るつもりでは
   あるまいな……。」

信長は元綱を疑った。すると一緒にいた松永久秀が進言した。

久秀「私が元綱を説得して人質を出させましょう。もし元綱が応じない
   ようであれば刺し違えてきます。その隙に信長様はお逃げ下され!」
信長「その意気や良し!久秀に任せる。」

早速、久秀は元綱をあれこれ説得した。

久秀「信長様、ご安心下さい。元綱は人質を出しました。
   元綱の屋敷で休みましょう。」
信長「であるか、さすがは松永久秀。大義である。」


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こうして信長は元綱の屋敷で休んだのだった。
久秀にもいい話はあるよ、というお話。




934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 15:28:45 ID:X3jsr7qd
>>932
いつもいい事をしない人がたまにいい事をすると
物凄くいい人に見える現象ですか

935 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 16:07:47 ID:0V5zmopL
>>932
この話にも実は裏があって…とどうしても考えてしまう

936 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 16:25:19 ID:2BbHwybx
>>935
裏と言うか、単にここはまだ信長についていた方が良いと計算しただけだと思うけども。

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 00:25:34 ID:0T0pihtp
>>936
金ヶ崎で信長が死んじゃうと最悪三好、浅井、朝倉、筒井、足利を相手にする羽目になる恐れがありそうだな。

松永久秀の巧みな搾取・悪い話

2009年01月28日 00:22

814 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 22:54:55 ID:L5+cI3tI
心が晴れるような悪い話はないかね



815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 23:20:27 ID:3AaH0gaU
では、世に弾正数あれど、悪い弾正といえばこの俺、松永久秀のお話


松永さんは搾取の名人だった。それはもうきめ細かい搾取をした。
ある時は領民に対し、城に酒を収める時に使う酒樽の高さを高くするよう命令した。
これは柳樽と呼ばれた。

領民が言われたとおりの寸法の酒樽で酒を収めると、久秀は早速酒を抜きその樽を崩し、
樽材の板を城の塀作りに流用した。城の塀に合わせた寸法だったのだ。

またあるときは、家々の串垣の長さを規制し、半分にさせ、切り取った半分を回収、
それを壁の下地作りに流用した。

このように久秀は、どんな些細な事でも自分の得になるように行ったので、弾正殿は
兵糧弾薬は勿論の事、どんな物でも持っていないものはない、とまで言われるようになった。

その風聞に気をよくした久秀、城下にこんな札を立てた

「わしの城に足りない物があると気がついた者があれば、申し出るか札を立てよ、
褒美を取らせるであろう。」


するとあくる日、こんな札が立った


「数年の間領民をむさぼったあなたの元には、なにもかも足りないものは無い様に見えます。
ただし、その松永家にも、足りないものが二つあります。
それは、『運』と、『命』。
こればかりは領民から搾取できませんからね。

松永弾正殿へ 惣百姓一同」


久秀の滅ぶのは、それから間もなかったそうだ。




816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 23:43:58 ID:Rsxt5D3E
ええ話や・・・

817 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/26(月) 23:50:30 ID:QQjvNN2w
うまいな

819 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/27(火) 00:11:40 ID:z5W1vBti
このスレのタイトルを見直そうな、皆(w

820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/27(火) 00:14:21 ID:2cDvJkIf
弾正霜台まあ基地外じゃなかったらしいから
領民殺しはあんまりやってなさそうだが

札立てたやつ『命』ってのは危ねえなw

821 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/27(火) 00:15:15 ID:XWgg1Fni
あれ?松永さんて内政は凄く善政を敷いて領民に慕われていなかったっけか?
滅亡寸前に劣勢を挽回する為に税収を増やそうと躍起になったのかな?

822 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/27(火) 00:17:35 ID:f3uQqwZj
悪賢いだけで、悪政ではないように感じる
ただ、領民にすれば文句言いたくなるだろうが

823 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/27(火) 00:20:21 ID:EiAHiRwo
賢しいというかなんというかw

松永久秀、彗星を語る・いい話

2009年01月07日 00:08

855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 14:05:20 ID:b0dITtGL

まとめサイトでは見かけなかった気がするので、松永久秀の話を

1577年(天正五年)8月、上杉謙信上洛の噂を聞きつけた松永霜台こと久秀は
本願寺包囲網の一角だった自陣を勝手に引き払い居城信貴山城へ退却、叛旗を
翻した。

だが、頼みの綱だった謙信は留守の間隙を突いた北条氏政の上野出兵を聞き撤退してしまう。
自慢の多聞櫓がある多聞山城は前回謀叛で没収されており、久秀の城はこの信貴山城だけ。
同年十月三日、織田信忠の軍が城を取り囲むなか
久秀は顕如に援軍要請を行うが、この使者が夜道で迷い佐久間信盛軍に捕縛される。

これを知った信盛は部下百余兵を率いて信貴山城に接近、『援軍第一陣到着!!』と偽って門を開けさせる。
忽ちのうちに、城の中を席巻し二の丸まで占領してしまい、同時に使者としていた
部下の森某が旧主の筒井順慶と通じて叛乱を起こす。
もはや、一代の梟雄・松永久秀の命運も風前の灯火となってしまった。

天守閣から城の有様を見据える弾正の傍らで、部下の者が葛城山の上空に煌く箒星を指差して言った。
『あの箒星は先月二十九日から光の尾を引いております。京童達はあの星を
 "弾正星"だの"松永星"だのと名づけ、松永弾正殿滅亡の天意だと噂しておりましたが
 残念ながらその凶星の示す通りとなってしまいました。』と呟いた。

それを聞いた久秀は哄笑し、夜空を見上げて嘯いた。
『何を言い出すかと思えば、莫迦者め。
 彗星が現れたのは天文自然の理に従ったからだ。
 俺如きの事など、いちいち天帝(天地創造神)が知っているものか…。
 天帝の眼から見れば、信長も将軍も天皇も塵芥同然さ。
 誰が死のうが誰が滅びようが、彗星の運行は毛筋ほども変わりはせん。』

梟雄・松永久秀が壮絶な爆死を遂げたのは十月十日の事だった。

そんな松永久秀の、(ものわかりが)いい話。



856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 14:20:21 ID:jn+T8BSo
ハイパーリアリストだなw

UFOとかUMAとかで騒いでいる現代人よりよほど先進的だぜww

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 16:05:37 ID:FSS/sZi0
信長が最後の叛乱まで久秀に妙に甘かった理由が分かる気がするなw

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 18:45:04 ID:mxet0GAv
>>855
現代人的な考え方だな

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 19:53:47 ID:yIIHPGGU
この時代、彗星の実体って解明されてたか?

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 19:59:38 ID:LGTKsD7v
実体が解明されていたかどうかなんて関係ない。
天文現象に過ぎず、吉凶を表すものではないという見方が出来ていたということが重要。

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 20:15:27 ID:vIwKL0SV
松永久秀は、茶人として有名。
彼ゆかりの撫肩が市立美術館に展示されていた。

綺麗だがちっぽけ、彼ゆかり故の名品だそうな。

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 21:11:55 ID:kr9PUD1W
>>860
実体ってのが何を意味するのかわからんが
後年中国に渡ったイエズス会の宣教師が彗星の軌道を含む天体観測の知識を披露して
儒教の学者等の信頼を得たって事がある

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 21:16:08 ID:on/qv7pN
ってことは、中国でも軌道等の観測や予測はされていたということかな

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 21:26:08 ID:rbFP+gGA
ヨーロッパですらしてたのに中国でしてない方が違和感あるような

868 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 21:56:42 ID:cjWtfug8
>>865
古代から中国で天文学は発達していたが、
モンゴルに占領されたことで当時世界最先端であったアラビアの天文学が流入し飛躍的に観測技術が発展した
ヨーロッパもアラビアの天体観測を学び発展させてきた経緯がある
星の名前にアラビア語由来のものが多いのはそのためだそうだ

869 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 23:28:56 ID:Pa/nmuLs
アストロ能登

870 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/06(火) 23:30:20 ID:bnrutrBq
アルデバランとかアルタイルとかアルゴルとかアルばっかりだしな

893 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/07(水) 14:33:07 ID:amf9lQNE
>>855
子作りガイドブックといい、土壇場まで冷静で明敏な松永弾正がかわゆく思えてきた。
もしかして、やせ我慢して強がってたのかしら?
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